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ザァァァ……


暦の上では春に近付いてきたとはいえ、外は冷たい雨が降り続いていたとある日―…



「う、ん…」

雨音が静かな部屋にやけに響き、ゆっくりとの意識は浮上する。

重たい瞼を開くと、部屋はまだ薄暗くタイマーをかけていた暖房はすっかり切れていて室内は冷え込んでいた。
は枕元の携帯電話を手に取り、サブディスプレイを見ると時刻は…まだ 4:25。

(まだ夜明け前か…)

ぼんやりとそう思いながら携帯電話を置き、息をつくと傍らから規則正しい寝息が聞こえる。
ゆっくりと顔だけ動かすと…
薄暗い中でも淡い光を放つ銀髪、女の自分でも羨ましいくらい長い睫毛に高い鼻筋、端正な顔立ちをした青年=知盛が布団にくるまって眠っていた。

普段は不遜な態度をとる、彼の実年齢より幼く見えるその寝顔に、は思わず笑みが溢れる。


「ふふっ安らかな顔しちゃって」

ふと頬を人指し指でつついてみる。知盛は眉毛を少しピクリと動かしたが、起きる気配は無い。
いつからだろうか?彼が熟睡するようになったのは。
以前は、“京”に居た頃にはこんな風に眠る彼の姿など考えられなかった。


普段はどこか退廃的な雰囲気を纏いつつ、抜き身の刃の如く鋭さを彷彿させて…
一度戦に出れば鬼神の如く強さを矛って敵兵を斬り捨てていた。
でも、彼は誰よりも平家一門の事を考えていた事を知っている。


そんなあなたが自分と同じ世界を選んでくれたなんて…―


「今でも夢じゃないかって思う時があるんだよ?」

は呟きながら、薄暗い部屋の微かな光を反射して輝く銀髪を指で優しく鋤いてやる。


…以前、彼に聞いた事がある。




「知盛はこの世界に来て、後悔していない?」

「クッ何を今更。お前は、還って欲しいのか?」

ソファに座るをゆっくりと振り返りながら問う知盛は、口元に意地悪な笑みを浮かべていた。

本当にこの男は意地が悪い。
そんな事…

「聞かなくてもわかってるくせに…」

「さて、何の事やら…?」

どこまでも意地悪な彼は黙りこむに続きを言えと、目線で伝えてくる。

反抗してやってもいいが、以前喧嘩を(こちらが一方的に)した時は…
無理矢理実力行使で丸め込まれしまい、次の日は体が痛くて堪らなくなり…それは避けたかった。
一瞬の間を空け、はゆっくりと口を開く。

「私はあなたと一緒に居たい」

知盛の目を真っ直ぐに見ながらは素直な想いを伝える。
紫水晶のような瞳が微かに揺れた気がした。


「クッならば、一緒に居てやるさ」

「そんな言い方は、ずるい」

上目使いに睨みながら言うと、知盛はクックッと愉しそうに笑いながらの隣に腰掛ける。
スネた振りをして横を向いていると、知盛は背中に垂らしたままの黒髪を指に絡め耳元で囁く。

「…お前の傍らは居心地がいいからな」

思わず知盛の方を見ると、彼はとても優しい表情をしていて…



あなたが惚れてくれてるって…

「ねえ、自惚れてもいいのかな」

柔らかな銀糸を鋤く手を止めて呟く。こんな事を起きている彼に聞いたら、鼻で笑われてしまうだろうが。



頭が冴えてきて、微かに感じる喉の渇きを癒しに行こうと上半身を起こした時、


ギシッ…

横から手首を掴まれる。
振り向くと、先ほどまで眠っていると思っていた知盛が起きていた。

「…どこへ行く?」

「あ、起こしちゃった?ごめんね」


は起き上がりかけた上半身を少し屈め、知盛が伸ばした手に反射的に握る。

「知盛?って…」


握った手を引かれ、不安定な体勢だったは簡単に再び布団の中に戻されてしまった。
顔を上げると目の前には端正な知盛の顔があって…

…」

気が付けば知盛の腕にしっかりと抱き締められていた。


「知盛、起きたいんだけど…」

離しても欲しいとは請うてみるが、さらにきつく腕の中に閉じ込められてしまう。

「どこにも行くな…もう少し、側に…」

そう言う声は少しかすれ、瞳はとろんとして夢現…
直ぐに夢の世界へ入ってしまいそうなのに、を抱き締める両腕の力はそう簡単には振りほどけない程強くて。


「もう、甘え坊なんだから」

大きな体を擦り寄せ、甘える知盛の背には腕を回しそっと抱き締めた。



外は冷たい雨が降り続く

けれど…
二人は互いの温もりに包まれながら、柔らかなまどろみへと落ちて行ったのでした。





(おしまい)


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