Top

―六波羅、平知盛邸―



静かな晩秋の夜半―…
この邸の主である知盛は、渡殿に出て池に映る月を肴に酒を呑んでいた。

ふと、パタパタと此方に近付いてくる足音に気が付き、
顔はそのままで瞳だけを足音の方向へ向ける。

(この足音は…あいつか。)




か…」

「知盛、そんな薄着でまた呑んで…風邪をひくよ?」

予想通り、やって来たのは黒髪にコハク色の瞳をした女。
此処とは異なる世界から来たというが、今は自分と共に居る。

側に来るように促すと、は素直に知盛の横に腰を下ろした。


「はいっこれ」

「何だこれは…?」

から渡されたのは陶器の器。その中に入っているものを確認して知盛は眉を寄せる。

「見ればわかるでしょ?杏の砂糖浸けよ。六波羅邸から頂いたの。
 知盛ったらお酒ばかり呑んでいたら体に障るから、おツマミにと思って」

ニッコリ と笑い、隣に腰を下ろすの言葉に知盛は閉口してしまった。
知盛は元来、甘い物はあまり好きでは無いのは知っているはずなのにこれは嫌がらせかと思ってしまう。
それに、


「…これが酒に合うと思うか?」

「あっ」


…言われみれば…とは口元を押さえた。
確かにそのとおりだ。酒と甘い物の相性はあまり良くない。

「でも、折角頂いたのに…」

返された器を板床に置き、 ぷくっ と頬を膨らませて知盛を見た。

…―年齢よりも幼い彼女のその表情…

(こんな顔を見せればどうなるかわかっているはずなのに…全く、学習しない女だ)

時折、自分だけに見せる表情に知盛は嗜虐心をかきたてられ喉を鳴らした。


「私が食べるからいいもの」

と言い、は盆の中入った杏を一つ口に運ぼうとした。
だが、横から伸びてきた指に杏をとられてしまう。

「何するのっ」

「そう、怒るな。食わせてやるさ…」

「えぇ〜?」

ちょっと待って、それは恥ずかしいっ。


「クッ、今更照れるようなことでもなかろう?俺はお前の…だろう」

耳元で知盛にそう言われると弱い。
頬を赤くしながらもは渋々頷く。

「…いただきます」

恥ずかしさから瞳を閉じて口を半開きにすると、知盛の長い指が杏を口元まで運ぶ。


ぐぃっ

杏が口に入った瞬間、力強い腕が腰にまわされ彼の元へ引き寄せられ―…
重ねられる唇。


「ともっ!? うぅんっ」

唇の隙間から スルリ と侵入した知盛の舌が、の唾液を杏に絡ませるかの様に口腔内をまさぐる。


「やっ…あ…」

何とか顔を動かそうとしても、ガッチリ顔と後頭部を押さえられて上手く動かせない。
酸素が不足して、意識が朦朧としてきた頃、彼の舌先が杏を奪い取ってようやく解放された。



「っ〜〜〜!」


自身の口元を押さえ、赤い顔で見つめてくるに、
まるで見せ付けるかの様に知盛は ペロリ と唇を舐めた。


「ククッ、ごちそうさま…甘かったぜ」

「こ、こら〜!」

真っ赤な顔で胸を叩くを、解放するどころかさらに強く腕の中に閉じ込める。
が睨み付けるが、知盛が怯む気配はまったく無い。
逆に上々の反応に、紫色の瞳が愉し気に細められた。



「知盛のばかっ」

腹が立って横を向いていると、

…」


膨れているの髪を優しく撫でながら、耳元で名を囁く。
そして、降ってくる彼の唇…。


(ああ、また誤魔化されてしまう…)

そう思いながらもは瞳を閉じた。


―…今夜はもう、放してもらえそうにない…―




(おしまい)


Top