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― 我を思ふ人を思はぬむくひにや わが思ふ人の我を思はぬ ―





彼の女(ひと)は、自分が出会った数多くの女達の中でも風変わりだが綺麗で優しく…だが、ひどく残酷な女だった…






【夢想】






薄暗い室内に響くのは―…敏感な箇所をかき混ぜる卑猥な水音と女の啼き声。




「あっはぁ…」

褥の上で俺に組み敷かれ、一糸纏わず乱れる女の白い肌は今や桜色に色付き、胸元に口付ければ簡単に朱い吸い痕が付いた。

露わにされた胸の膨らみが、奮えて小刻みに揺れているのが眼にうつる。
ちゅくっ、と胸の先端に口付けて肉厚の舌先で、こね回すように転がせば女は身体を揺らして反応する。

「…っん…」

女が悶える度に、高まる肉欲じみた感情に自分が滑稽に思えたが、快楽に喘ぐ声を聞きたくて俺はさらに攻め立てる。

少し高くて耳に心地良い声。自分が恋焦がれる“彼女”によく似たその声を、もっと聞いていたい。
もっと啼かせたい。
もっと乱れさせたい。




「くぅ、あっヒ、ノエ様…」

何度も指で掻き回されて、太股を濡らすほどの密が溢れる秘部から指を引き抜くと、女は瞳を潤ませ切なげに俺を見詰めてくる。


「姫君、どうしたんだい?」

「そ、れは…」

自分から強請る事は恥ずかしいのか、言い出す事が出来ずに唇を噛む。


「アッ」

指で胸先端を摘むと、ぴくんっ、と女の身体が小さく跳ねた。

「ヒ…ノエ様、もう…」

下から泣き出しそうな顔で見上げる女が何を求めているのかはわかるが、俺は直ぐには与えてやらない。

「“もう”何だい?どうして欲しいのか言わなきゃ解らないよ?」

胸を愛撫する手を止めて、女からの言葉を待つ。


「お願い…ヒノエ様のを、くださいまし…」

恥ずかしさから消え入りそうにお願いする様は、さらに“彼女”を彷彿させて…ゾクリと粟立つような感覚が背中を走る。


「…よく言えました」

褒めるように、頬を撫でると女の密に濡れた秘部に熱い切っ先を押し付けた。
硬く張り上がった自身がグチリとめり込み、一気に突き挿れる。

「くぅ!アッぁあんっ!」

「は……ァ」

グチュグチュと水音を立て、押し引きを繰り返しながら遂に最奥を突き上げる。

「あっ、アァッ!」

熱く脈打った自身で女の内壁を強弱をつけながら擦り上げていく。


背中にすがりつき、喘ぐ女の汗ばむ首筋に顔をうずめながら俺は目を瞑った。

耳を擽る甘い矯声を聞きながら、脳裏に浮かぶのは自分の下で乱れる女とは違う女…
“彼女”の啼き声はどんなに心地良く、その肌はどんなに甘美な味だろうか…想像するだけで達してしまいそうだった。





「っ、ヒノエさ…まぁ」

名を呼ばれて我にかえる。
何度も突き上げて悶え、波打ってしまった長い黒髪を撫でてやると、熱くなった女の体はその仕草にすら反応し、身悶える。


「もう、もぉ…」

「っく…ふふ、性急な姫君だね」

そう言うと、揺さぶりの律動を速める。


「…ん、あん、あっあ、ああアアッ!」

ぐい、と強く突き上げると、女はびくんっと体を仰け反らせ一際高い声で啼いた。
背中に回された女の細い指に力がこもり、爪が肌を傷つけてピリッとした甘い痛みが走る。


「ぐっ…」

女が達する度に膣内の締め付けが強くなっていく。
その気持ち良さに俺は顔を歪め、ついには果てた。










* * * *









情事後の気だるい雰囲気の中、俺を帰さないように腕にしがみつく女をぼんやりと眺めていた。
とりあえず夜が明けるまでに戻らなければ面倒だと思いながら。




「ヒノエ様…わたくしのことを…愛してくださいますか…」

まだ熱に浮かされたままの瞳で聞いてくる女に、またか…と内心舌打ちをする。
情事後に聞かれる同じ様な台詞には、既に飽き飽きしていた。
…だが、



“ヒノエ君、私のこと好き?ふふっ…なーんてね”

口調は全然違うのに、“彼女”に似た声というだけで胸が高鳴るなんて…自分は相当重傷だと思う。




「ああ、愛しているよ。俺の姫君」

俺の発した戯れ言に女は目を潤ませ、さらに体をすり寄せる。


「嬉しいっ…!」


涙して抱き付く女を哀れむ気持ちと共に、俺の中で言いようの無い虚しさが広がっていった―…









* * * *








「ヒノエ君…あんまり女の子を泣かせちゃ駄目だよ」


朝の挨拶もそこそこに開口一番、眉をしかめながら言うに俺は首を傾げた。


「急にどうした?」

「…付いてるよ」

は目線を逸らしながら自分の首筋に人差し指を当てる。
気が付かないうちに昨夜の女に付けられたのか…成る程、それで今のの発言というわけか。


「もしかして妬いたのかい?」

「も〜何言ってるの。そんな態度ばっかとっていたら、好きな女の子に誤解されるよ」

溜め息混じりに言われて思わず苦笑してしまう。
そんな事はわかっているが、この性分はなかなか直らない。


「ふふっなら…もう誤解されているかな」

「へっ?」


振り返るの手を掴むとぐいっと自分の方に引き寄せる。

「ちょ、ヒノエ君!?」

突然の事で状況を理解出来ず、抵抗もままならないのぷっくりとした形の良い唇に自分の唇を噛み付くように重ねた。


「んっ…」

想像以上に、甘くやわらかな感触に柄にも無く酔ってしまいそうで…
唇だけは物足りずもっと彼女を味わいたい、そんな欲求がじわじわと俺の中に生じてくる。

空いている方の手で艶やかなの黒髪を梳きながら、さらに深く彼女の唇を味わおうとするが―…


ぷにっ


急に鼻を摘まれを見やると彼女は涙目で俺を睨んでいた。


…これ以上やったらしばらくの間、口を聞いてもらえなくなりそうなので渋々俺は腕の中からを解放する。


「っはぁ…こ、こらっ!お姉さんをからかうなって言ってるでしょ」

「俺はからかっているつもりなんて無いんだけどね」

顔を真っ赤に染めて、瞳を潤ませて睨むが可愛くて…再度抱き締めようとするが、今度はスルリとかわされてしまう。



すっかり警戒されてしまい、足早に俺から離れようとするに一抹の寂しさを感じた。


「だが自業自得、かな…」

「…なに?」

「いや、何でも。ごめんな」


「もう〜そういうのは好きな女の子としてね」

頬をほんのり染めながら唇を尖らして上目使いで俺を見るは、自分の仕草がどれだけ俺の心をかき乱しているか気が付いていない。

まぁそんな事、意識などしていないだろうが。


本当に酷い女。いや、酷いのは俺も同じか…




「我を思ふ人を思はぬむくひにや わが思ふ人の我を思はぬ か…」



昔、誰かから聞いた歌…自分には無関係だと思っていたけど、ね。
まさに、今の状況にぴったりじゃないかと自嘲した。





《私を思ってくれる人を思ってやらない報いなのだろうか。私が思う人は私を思ってくれない》
(古今集1041)







(おしまい)

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