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大好きな人 気を抜けば瞳から零れ落ちそうな涙を堪えながら、チクリ、チクリと胸が痛む…


「何故、私は此処にいるのかなぁ…」

ポツリ呟く言葉は忙しなく行き交う人の波にのまれいった。




黒い煙を吐き出しながら馬より速く進む鉄の塊。
石の様な物で固められ平らに均された道。
祭事でも無いのにその上を歩く驚くほどの大勢の人間。
見上げる首が痛くなるくらい巨大な建物に、透明な御簾(ガラスといったか)
全てが初めて見るものばかりで、どう言ったらいいのかわからないほどの驚きと興味を感じた。
自分が生まれ育った世界では、女性は肌を晒すのを好まずはしたない事だと教えられていたため、
初めて白龍の神子である望美に会った時は正直珍獣を見ている気分になったものだ。
この世界の女性は“おしゃれ”のため自ら敢えて見せているのだという。
あんなに短い着物で胸元や太股を出して、寒くはないのだろうか。

は望美が用意してくれた洋服に袖を通し、異世界とやらを一人歩いていた。
有川邸を飛び出して来たのは自分なのに、今更ながらやはり誰か他の人に声をかけてきた方が良かったのだ。
こんなに人ごみを長く歩いたのは久しぶりで、少し頭が痛い。
とりあえずどこか休める場所はないかと、は再び歩き始めた。



「疲れた…」

しばらく歩いた先で、歩道沿いに設置されていたベンチを見つけ腰かけた。
しかし、座ったことで、望美に借りた丈の短いスカートから自分の白い足が覗いていることに気づく。

「足が寒い…」

それに太股が思いっきり見えて恥ずかしい。
今は冬なのに、この世界の女子はどうしてこんなに短いものを穿くのだろう。
ちゃんには絶対これ!将臣君もそう思うでしょ?」と満面の笑みで差し出されたこのフワフワしたスカートという物。
着物のままで良いと断ったのだが、半ば無理やり着替えさせられてしまったのだ。
嫌で堪らなかったかったが、スカートを履いたを目にした将臣が嬉しそうに笑って髪を撫でてくれたから、着替えずにそのままでいたのだが…
今はそんなやりとりを思い出すだけで目頭が熱くなる。


「…こんな姿など見苦しい。私は馬鹿だ…」

“生まれ育ったのは違う世界だ。有川と共だとしてもお前が幸せになれるとは限らない”
少しばかり過保護な兄達にも散々言われたはずだ。

…違う事はわかっていたはずだ。
向こうの世界にあった彼と自分の繋がりなもう切れている。
望美や譲との絆が強いのも、自分が知らない彼が存在しているのはわかっていた。
覚悟はしていたはずなのに…それでも感じてしまう。



「寂しいよ…将臣…」

慣れない世界に来て、溜まっていた疲れもあったにせよ望美とふざけあう彼の姿に堪えらなくなって、家を飛び出して来ただなんて。
あぁ自分は本当に馬鹿な女だ。

はクリスマス仕様に飾られた木を下から上へ、まじまじと眺めていた。
まだ電灯がついていないのにも関わらず、この木がとても輝いて見えるのが不思議で仕方がない。
キラキラ輝いて、皆を惹きつける光。
そうそれはまるで…

「望美ちゃんみたい…」

つぅー… 
堪えていた涙が一筋、頬を伝う。


「私は何故、此処にいるの…?」

いっそ、白龍に帰してもらおうか?寒さのあまり震え出した身体と心ではそんな事すら思ってしまう。

その時、微かに知った声が自分を呼ぶのが聞こえた。




「―――! !」

「……?」


寒さでおかしくなって幻聴まで聴こえだしたのか。
そう思いながらも顔を上げると、冷え切った身体が突然温かい感触に包まれた。
男らしい逞しい腕が、痛いほどにを抱きしめている。視界が男の胸元で覆われた。
何がなんだかわからないでは目を見開く。


「よかった……」

胸に頭を抑えつけられる格好で抱きしめられていたため、顔を見ることは出来なかったがその安堵に満ちた声だけ。
自分を抱き締めるのは誰なのかはっきりとわかった。
寒くて、寂しくて、悲しくて貴方に逢いたかった。
だって貴方は強くて、明るくて、温かくていつでも自分に励ましの言葉と勇気をくれる人だから。


「まさ、おみ?」

戸惑いながら名前を呼ぶと、を抱きしめる腕に力が込められる。

「ったく、馬鹿」

「だって…」

長いこと探していてくれたのだろう、将臣の鼻は寒さのため赤くなっていた。
申し訳なくなって下を向こうとしたの冷え切った頬を将臣の大きな手が覆う。

「まったく、こんな冷たくなっちまって」

怒った口調なのに甘さを含んでいる気がしたのは、彼が抱き締める自分の身体を離さないから?髪を撫でる手が優しいから?



「…ずっと、探してくれたの?」

「当たり前だろ?お前がどっかいっちまったって知って、マジで焦ったぜ」

「本当に?何も言わずに飛び出した私に呆れてない?」

将臣の服をぎゅうっと握り締めて縋るように上目使いに見ると、呆れたように笑いながら彼はのおでこに軽く口付ける。

「何言ってんだ。知盛と重衡に殺されそうになりながら、散々苦労して攫ってきたのに呆れるわけないだろ」

知盛と重衡に太刀を向けられた時の事を思い出したのか一瞬、将臣が嫌そうな顔をした。
は、そうだったねとクスクス笑う。彼は自分を連れて帰るために兄達に殺されかけたのだった。
でも、今の言葉で十分。
ぽっかり空いた心の穴をあたたかく満たして、溢れ出すくらい。

「…うん。ごめんね、将臣」

そう呟くと、将臣の背中に腕を回してぎゅうっと抱き付いた。



“大好きだよ”そんな想いを込めて。




(おしまい)

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