ザザ…ン…
夕陽が沈もうとしている由比ヶ浜に、時代錯誤した服装を身に纏った十数人の男女が佇んでいた。
京から時空跳躍をして激戦の末に異国の神、茶吉尼天を倒すことが出来、全てが終わった。
…とりあえず今は―…
「はあ〜やっと終わったね」
夕陽を背に、望美はだらしなく両足を砂浜に投げ出し座り込む。
「だが、これからどうするか・・・そう簡単には戻れないだろう」
九郎は夕陽に紅く染まる海に目を向ける。海辺は自分達の世界とは変わらない。
が、海とは反対側の風景は全く異なるもので、戻れなかったらと思うと目眩がしてきた。
皆の戸惑いを感じたのか、譲は仲間達を振り返り言う。
「皆さん、取り敢えず家に来ませんか?」
「確かに〜このまま此処にいても警察に職務質問されそうだよね〜」
譲君の家なら広いしみんな泊まれるよねーと、望美も同意する。
だが、将臣は渋面のままで。
「だがよ譲、父さん達は何とか誤魔化せるとしても家にはアイツが居るんだぞ」
望美に聞こえないように耳打ちをする兄に、譲は苦笑いを浮かべた。
「兄さん大丈夫だよ。姉さんは彼氏と海外旅行に出かけたから、しばらくは帰って来ないはずだし・・・」
「・・・初耳だぞ、それ」
だが、当面はあの鬼姉に振り回され無くてすむ…ようやく将臣は安堵の表情を浮かべた。
* * * *
「きゃー朔かっわいい〜」
「…肌が出過ぎじゃないかしら?何だか落ち着かないわ」
望美が朔のためにと、自宅から持って来たスカートは膝上10センチ以上のミニスカート。
それを履いた朔は、足を出す事に慣れていないため恥ずかしそうに頬を染める。
「朔・・・すこーし露出し過ぎじゃないかな」
と、言いつつも景時はチラチラと妹の太股を盗み見る。
「兄上…そう言いながら見ないでください!」
「うわっ景時さんの変態!」
「ちょっ、二人とも誤解だよ!?」
望美と朔に責められて、慌てふためき景時は真っ赤になって否定する。
「しかし、変わった衣だな」
ジーンズとスエットを着た九郎が着慣れないのか、スエットの袖を引っ張りながらポツリと呟く。
対する弁慶は既にソファーでくつろいでいた。
「そうですか?動きやすくて僕は気に入りましたけど?」
騒がしいリビングを眺めながら、譲は手にした手紙をキッチンカウンターに置く。
「兄さん、父さんと母さんも海外出張とは助かったな」
両親は理解あるといっても、こんな大人数を連れて来たらさすがに困惑するだろう。
「まっ出来すぎといえば出来すぎた話だけどな」
とりあえずアイツが居ないのは助かる、豪快に笑う将臣に譲は肩を竦めた。
時刻は既に深夜0時近く―…
キキィー バタン!
有川邸に横付けされたタクシーから一人の女性が降り立った。
女性は、背中の中程までの艶やかな藍青色の髪、翡翠の切れ長の瞳、形の良い唇…誰がどう見ても文句のつけようも無い美人。
だが今は、不機嫌極まりない雰囲気が外見の美しさより勝っていた。
煌々と灯りが付き、賑やかな声が漏れる我が家を見上げると、彼女は眉間に皺を寄せる。
「…何、馬鹿騒ぎしてんのかしら!」
ピンポーン…
「こんな時間に誰だ?」
「さぁ?」
苛立つように、ドンドンと叩かれる玄関の扉に将臣と顔を見合わせた譲は、ものすごく嫌な予感を感じながらも玄関へと向かった。
譲がドアを開けると、そこに居たのは―…
「っねぇ…うわぁ!!」
玄関から聞こえてきた譲の悲鳴に、一気に将臣は顔色を変える。
「まさか・・・」
「くぉら譲!!居るならさっさと開けなさいよっ!!」
怒鳴りながら、青筋を浮かべたは鬼の形相でぎゅうぎゅうと譲に締め技をかける。
「ぎ、ぎぶっね…さん」
譲は床をバンバン叩いて“降参”を伝えるが、は一向に力を緩めようとしない。
「おいっ!?」
駆け付けた八葉達が目にしたのは、鬼の形相をした女性にコブラツイストをかけられている譲。
譲を助けなければ…誰もがそう思うが、女性の迫力に怖じ気づいて近寄ることができない。
唯一、二人に近付けたのは望美だけだった。
「ちゃん、譲君を放してあげてっ」
「あら望美?」
「姉貴、早く譲を離してやれよ・・・」
「将臣…?あんた、何か老けてない?」
二人に言われ、ようやく譲を解放すると、譲は白目を剥いてグッタリしていた…
リビングに移動して望美と将臣から簡単な説明をうけたは、ぐるりとリビングに居る面々を見渡す。
「ふーん、八葉に白龍、朔ちゃん、それに知盛さんね…俄には信じられない話だけど・・・」
チラリと将臣に視線を移すと、弟は今朝見た姿より成長した…“大人の男”となっている。
「将臣がでっかくなっているなら本当なんでしょうね」
「姉貴、そんなに簡単に信じてくれるのか?」
あっさりと信じたに将臣が問う。自分と同じ大雑把な姉だが、もう少し疑ってもいいのでは?
「この状況を見たら信じるしかないでしょ?・・・…じゃ、疲れたから寝るわ」
荷物を片手に立ち上がろうとするに、思い出したように譲が声をかけた。
「そういえば姉さん。旅行に行ったんじゃ・・・」
「帰ってきたの!!」
ばたんっ!
言い放つと力一杯扉を閉めて、は自室へ戻っていった。
「何も怒鳴らなくても…」
怒鳴られた譲はしょんぼりと肩を落とす。
「へぇ〜美人な姉上だね。強気な姫君ってのもいいよな」
ひゅ〜と、口笛を吹きながら不穏な事を言い出すヒノエに、譲と将臣の顔が引きつる。
「馬鹿、ヒノエ!!姉さんに手を出してみろ・・・殺されるぞ」
「そうそう。死にたくなかったら姉貴に手を出すなよ?…・・・いいな知盛」
少し離れた場所に座っていた知盛は欠伸をしながら答える。
「・・・何故、俺だけ名指しで言う?」
「お前が一番手を出しそうだからな」
知盛は口の端を上げ、クツリと喉を鳴らした。
* * * *
バタン!
時刻はすでに深夜というのに、けたたましい音をたてて力一杯閉められた車のドア。
車内を振り返る事無くは自宅玄関に向かおうとする。
ブランド物の仕立ての良いスーツを来た男が慌てて車から降りて、必死にに追いすがる。
「なあ、本当にもう無理なのか?俺はこんなにお前を愛しているのに…」
「しつこいっ!離しなさいよ」
ばきっい!!
が怒りにまかせて放った鉄拳が男の右頬に直撃する。
その衝撃に悲鳴すら上げれずに、男は1メートル近く吹っ飛び車にしたたか身体を打ち付けた。
「うう…」
ボタボタと鼻血を流しながら呆然と男はを見つめる。
「ご覧の通り、私はこんな女なの!わかったならさっさと消えて!!」
「…ぐぅ…」
が言い放つと、鼻血をボタボタと垂らしたまま男に逃げるように車に駆け込んだ。
「はぁはぁはぁ・・・」
急発進して遠ざかる車を睨みつけながら、額の汗を拭う。
プライドが高い男だから、これ以上しつこくまとわりつきはしないだろうが…
それより、とは自宅の方を振り返る。
「…覗き見とはいい趣味をしているわね」
「クッ、ククク・・・勇ましいな」
ゆらり、と門の影から姿を現したのは、弟達の友人?である銀髪の長身の男。
何が可笑しいのかを見て愉しそうにそうにクツクツ笑う。
先程から感じていた視線は…この男のものだったか。
「いつから・・・見てたの?」
「クッさて、な。・・・しかし、女が男を殴り倒すとは恐れ入った」
不遜な態度に小馬鹿にされている気がして、腹が立っては拳を握り締める。
「あら…喧嘩売ってるつもり?」
睨みつければ銀髪の男は大袈裟に肩をすくめた。
「クッ…まったく姉上は大した女だな」
* * * *
シュルシュルシュル…
力一杯男を殴ったせいで、擦り切れ赤く腫れた手の甲に巻かれていく包帯。
それを見ながら、はようやく肩から力を抜いた。
「ありがと」
手当ての礼を言うと、銀髪の男…確か知盛と言ったか、は口の端を上げてクツリと笑う。
「クッ、どういたしまして…」
「恥ずかしい場面を見られちゃったわね」
「ククッ俺はなかなか愉しませてもらったがな」
含みのある言い方は少し引っかかり、軽く睨むと知盛はニヤリと笑った。
「…悪趣味…」
(変な男…)
やる気の無い退廃的な雰囲気を纏いながらも、その瞳に宿る光は刃のように鋭い。
今までそれなりにいろんな男と付き合ってきたが…こんな男は居なかった。
だが、今の自分には話相手とするにはうってつけの相手だろう。
「・・・愉しませてあげたんだから、ちょっと付き合ってくれる?」
そう言いながらは立上がると、知盛を残してキッチンへ向かう。
2分後、リビングに戻って来たは両手いっぱいにビールを抱えていた。
の自室の床には、すでに飲み干した10本以上のビールが転がっていた。
部屋の主であるは、壁際に置かれたソファーベットに腰掛けながらビールを煽る。
「・・・でさーそいつ何て言ったと思う?」
ビールを片手にまくし立てるの頬は、ほんのり紅潮しその瞳は潤み始めていた。
「「君はただ笑っていればいい」って、あたしはお前の所有物じゃ無いっての!」
「クククッ、所詮その程度の輩だっただけの事だ」
知盛は床に片膝を立てて座り、日本酒をぐいっと飲み干す。
「・・・姉君はこんなにも可愛らしいのになぁ」
「はっ?」
知盛の放った言葉にの動きピタリとが止まった。
「・・・可愛い・・・?」
言われた意味が理解できずに何度も小さく呟く。
可愛い?可愛い、可愛いなんて…そんな事…
「男に可愛いなんて、初めて言われた」
“美人”“綺麗”とか“頼もしい”とは言われた事はあっても、男から可愛いなんて言われた事は無い。
そもそも自分には無縁の言葉だと思っていた。
「…それは、お前が関わった男達の目が節穴だった、というだけの事だろう?」
驚きに目を瞬かせるに、目の前の男は事も無げに言うのだ。
「お前は十分に・・・可愛いさ」
かぁぁ、と酒のせいだけでは無い熱が顔に集中する。
恥ずかしいような、嬉しいような…くすぐったい気持ちになり、は目を細める。
「・・・もっと言ってくれる?」
「お前は…可愛い女だ」
「本当?」
「ああ…」
頬を赤らめるからは、普段の勝ち気な姿はどこにも見当たらない。
こんな姉を弟達が見たら、驚きのあまりひっくり返るだろう。
「あんたって、よく見るといい男だったんだね」
互いの息がかかる程、近付き見上げると紫紺の瞳が愉しそうに揺れる。
「ククッ、今頃気がついたのか?」
「うん。もっと、もっと言って…知盛…」
上目使いで甘えるように言えば、知盛はを抱き寄せて耳元で囁いた。
「そんな目で見詰めて…姉上は俺を…煽っているのか?」
「そうかもしれない…」
素直に頷くと、知盛はクツリと喉を鳴らす。
そして、ゆっくりと二人の唇が重なっていく…
「ぅん…」
次第に深くなっていく口付けに、の唇から甘い吐息が漏れていった―…
* * * *
頭がガンガンと痛み、体が重くて、だるい。
(どうして…)
と、目を開けたは、固まった。
「――っ!?」
同じベットで自分の隣で眠っているのは銀髪の男。
急いで起き上がろうとすると、手首を掴まれ再び布団に引き戻されてしまう。
「よう…気分はいかがかな?」
「何で、何であんたが隣に寝ているの?何で、何でこんな…」
現在の自分が身に纏うのは、彼と共有している布団のみ。
つぅ…との背中を嫌な汗が流れた。
「クッ、つれないことを言う・・・」
知盛は再びを抱き寄せると、耳元で低く甘く囁く。
「昨夜は・・・あれ程俺を求めて、離さなかったというのに」
の髪を一房手にし口付ける仕草に、いっぺんに全てを思い出した。
「っ〜!?」
そうだ、昨夜…別れた男と揉めて、この男と飲んでいて…
(勢いで…ヤッちゃった・・・!?)
その日の昼過ぎ、リビングに足を踏み入れた者達は我が眼を疑った。
なぜならそこには…
リビングに置かれたソファーに座るの膝に頭を置き“膝枕”をしてもらっている知盛と、
彼の髪を撫でるように梳くの姿があったからだ。
「あの二人、いきなりどうしたんだ?」
「さあ・・・?」
知盛にまとわりつかれて、まんざらでもない様子の姉を見て弟二人は首を傾げるばかりであった。
(おしまい?)