…鼻をつく焼け焦げた臭い。
後方の空は夜だというのに夕焼けみたいに空が赤く染まっている。
いったい何が起きているのか、何故こんな場所を歩いているのか…
解らないままあたしは鬱蒼とした森の中を一人歩いていた。
ふと、後ろを振り返ると眼に映るのは赤い炎。
凄まじい勢いで全てを飲み込もうとする炎に恐怖心は浮かばなかった。
それどころか沸き上がるのは妙な達成感。
知らず口元は笑みを形作る。
きれい…
そう呟き、クスリと笑うと右手に握り締めていた太刀からポタリ、と赤い滴が地に落ちた―…
ぼんやりとする意識の中、重い瞼をゆっくりと開けると見覚えのある天井が見える。
何度か瞼をパチパチと瞬かせ、は安堵の息を吐く。
額は汗でびっしょり濡れていた。
(火事…ううん、あれはあたしが火を付けた?……へんな夢だったなぁ)
最近よくみる変わった“夢”気にはなっているが、だが所詮夢は夢だ。
そう考え、欠伸をしながらベッドサイドの目覚まし時計に手を伸ばす。
デジタルのディスプレイに表示された時刻はまだ5時半前。
二度寝しようにも、妙に頭が冴えて寝付けそうに無くゆっくりと体を起こした。
たまには早起きをして、皆を驚かせてもいいかもしれない。
トントントントン…
リズムよい包丁の音が響く台所。
「あれ〜いつもギリギリ起床のあんたが今日はどうしたの?」
髪も整え、制服に着替えてリビングへやって来たを見て、母親は味噌汁に入れるネギを切る手を止め眼を丸くした。
低血圧のは朝がとても弱く、すんなりと起きられないことが多い。
遅刻ギリギリに起きてくる、ということもしょっちゅうだった。
「たまにはこういう時もあるの」
唇を尖らせながら、渡された温めた牛乳を一口飲むとその温かさに身体が目を覚ます。
「はいはい、明日の誕生日に向けて気合いが入っているのかもね」
「誕生日、かぁ…忘れてた」
確認のため視線を移した朝のテレビ番組には、自分の誕生日の前日が表示されていた。
17歳の誕生日。皆から祝われて、嬉しいはずなのに…今年は何故か嬉しいと思えない。
テレビに映し出される日にちを見ていると、胃がムカムカして胸焼けをしているかのよう。
いや、それは胸焼けというか理由が解らない漠然とした不安だ。
ああ…何だか頭まで痛くなってきた。
「ボケてたらせっかく早起きしたのに遅刻するよ」
「あっ!いっけない〜」
母親の声に我に返り、慌てて用意された朝食を口の中に掻き込んだ。
* * * *
光が差し込まない暗闇の中、聞こえるのはごぅごぅ吹き荒れる風の音。
そして…
ククク、良いだろう。ただし…タイムリミットは17年だ
地の奥底から響いてくる地鳴りのような声に、あたしは自嘲気味に笑う。
フフ、それでも構わないさ。
だが、タイムリミットを迎えたら…その時は―…
続く言葉は声にはならず、形の良い唇が動いたのみ。
しかし意味は読み取ることができた。
“私では無く、彼女にバトンを回して”
「…っ、ってば!」
「あ、えっ?」
急に名前を呼ばれて、驚いて顔を上げると眉を寄せた友人が覗き込んでいた。
そうだ、学校が終わって久しぶりにプリクラを撮ろうってゲーセンに行って…
「話聞いてた?」
「悪い、もう一回」
先ほど撮ったばかりのプリクラを手にしながら、両手を合わせて謝ると友人は呆れた目をに向ける。
「だから…日付が変わったらメールするからね」
「うん!ありがとー」
手をちぎれんばかり振り、友人と別れ自宅へと住宅街を歩く。
(しっかし、今のは何だったんだろう?幻覚?幻聴?ついに脳味噌溶けてきたのかな?)
首を傾げたが、本当に脳味噌が溶けてきたら怖いのでこれ以上考えるのは止めて歩きを速める。
そんな事より、夕飯に遅れたら大目玉だ。
ただ“タイムリミット”という言葉が何時までも頭に響いていた。
基本的に夕飯は家族揃って食べる、というのが我が家での決まり。
友人に言わせれば、今時珍しいらしい家庭だという。
家には、両親、OLをしている姉と大学生の兄と食卓を囲み、今日も賑やかな笑い声が響いていた。
夕飯中、ケーキを食べたいから早く明日にならないかと、はしゃぐの頭を兄が叩く。
「うるせぇぞっ!ガキんちょが」
「叩く事ないじゃんっ馬鹿兄貴!」
「も〜あんた達!黙って食べなさい!」
母親に怒鳴られ大人しくなる兄妹。
…こんな日常は明日も明後日も何も変わらない、そう信じて止まなかった。
* * * *
ブーブーブー
メール受信を知らせるため振動する携帯を開くと、予想通り友人からのメール。
眠気に負けそうになっていた頭が覚めていく。
《HAPPY Birthday!!ちょっとフライングしちゃったけど、これ読んでいる間に日付変わるよね?》
日付変更まで後1分…?
携帯のディスプレイを見た途端、の表情が固まった。
…急に胸が締め付けられ息が苦しくなる。
「怖い…何これ?」
30秒前…
…息苦しさはさらにひどくなり、携帯を持つ手がカタカタと震え始めた。
0:00
ブツンッ!
「!?」
日付が変わった瞬間、全ての電源が落ちた。
「っ!?」
真っ暗闇の中、気が動転して叫びそうになる。
が、携帯の微弱な明かりに微かな違和感に気がついた。
…おかしい、静かすぎる。
急に停電になったのに家族の声はおろか物音一つしない。
特に姉は暗闇恐怖症だ。騒ぎ立てないのはおかしい。
停電に気が付かないほどに皆深く眠ってしまったのだろうか?
「お、お姉ちゃん…?」
壁越しに、隣の部屋に居る姉に呼び掛けても応答は無い。
いつの間にか喉はカラカラに渇いて、息をするのが苦しい。
携帯の明かりを頼りに、部屋を出て姉の部屋に行こうと自室のドアノブに手を掛けた。
キイィィ…
聞いた事が無い耳障りの悪い嫌な音が響く。
「うわっまぶしっ!?」
扉を開いた瞬間、停電していた筈なのに光が視界いっぱいに広がる。目が開けていられなくなっては目を閉じた―
ククク…タイムリミットだ 次の約定を果たそうではないか
戸惑うを嘲笑うかのように、何処からか不気味な声が聞こえた気がした。
バタン…
背後で扉が閉まる音が聞こえ瞼を開くと、飛び込んできたは驚愕に目を見開いた。
急に暗闇から明るい場所に出て来たから、光が眩しいなんて言っていられない。
「う、そ…」
が立っているのは、老若男女様々な恰好をした人々が行き交う賑やかな通り。
立ち並ぶ店に掲げられている看板には見たことがない記号が書かれていて…
振り返れば後ろにあるのは、レンガ作りの壁に取り付けられたスチール製扉。
ガチャガチャとノブを回すが、鍵がかかっているのか開かない。
「なに、これ…!?」
混乱して涙を浮かべるの呟きは、街の喧騒にのみこまれて行った。
…To be continued.