「うん知りたい」
脅しのために放った殺気にも怯むこと無く、頷く少女に頬が緩む。
「知ったら私の事が嫌いになるかもよ」
「あたし、貴女の事は好きだよ」
思いがけない発言に一瞬呆気にとられた後、“”はプッと吹き出した。
やはり彼女の言動は自分にとって想定外の事ばかり。既に殺気など霧散していた。
「…私もの事は好きよ」
そう言うと、えへへっと無邪気に照れ笑いをする少女の頭を優しく撫でると、右手人差し指で無限に広がる暗闇を示す。
指で示した先には夢の中で何度も見た、
「鏡?」
「知りたいのなら…貴女自身で思い出すの」
「思い出す?あたし自身で?」
暗闇の中だというのに、光を反射してある鏡の表面に何かが写し出されていた。
誘われるように立ち上がると鏡の前へと向かう。
鏡の向こうに広がるのは…深い森と濃い霧、そして中世ヨーロッパの村を彷彿させる集落を上部から見下ろした風景だった。
「ここは…」
初めて見る風景、知らないはずなのに、胸が苦しくなる。
そっと、磨き上げられた鏡の表面に指で触れた。
ずず…
「えっ!?」
硬いはずの鏡の表面がぶにょぶにょのゼリー状になって指が沈み込む。
驚いて指を抜こうとするが、抗えない強い力で引っ張られてしまう。
体にまとわり付く感触の生理的な気持ち悪さに、手足をばたつかせるがもがけばもがくほどずぶずぶと音を立てて体は沈んでいった。
* * * *
「う…」
げほげほっと咳き込みながら、ゆっくりと瞼を開く。
両方の瞼は開けることも苦労するくらい腫れ上がってしまい、ようやく開けた視界に飛び込んできたのは押しつぶされそうなくらい圧迫感のある闇だった。
「い、たい…」
体を起こそうにも全身は擦り傷と打撲傷で鈍い痛みを放つ。息をするだけでも顔を歪めてしまう。
右手首が異様に腫れて痛みのため動かせないから、もしかしたら骨が折れているのかもしれない。
意識を失うまで殴打された傷は出血は止まっていた。
だが、息をするだけで体中を突き抜ける鈍い痛みと打撲による全身の倦怠感によって身を起こすことが出来ずに、は体を横たえたまま辺りを見回す。
少しだけ目が慣れてくると、狭い部屋の四隅には砂埃が積もっている。
鼻をつくのは黴の臭い。
手は腫れと痛みのため痺れていたが、指先を動かして微かに感じたのはジャリッとした砂の感触。
頬からはひんやりとした冷たさが伝わるから、転がっているのは石で出来た床の上だろうか。
狭い部屋のためかずいぶんと息苦しい。
こんな場所、村の中で思い当たるのは一つしかなかった。
此処は、石で造られた牢…罪人が入れられる地下牢。
地下牢のため、外の光は全くこの場所には全く届かない。そのため、今が昼なのか夜なのか…それすらもわからない。
体の調子で時刻を推察しようにも、嘔吐するくらい腹部も殴打されていたため空腹感は無かった。
「おかあさん…私も死ぬのかな…」
此処に入れられたということは、もうすぐ自分は村人達に処刑されるのだろう。
大好きだった母親には「生きろ」と言われたのに。
瞼を閉じれば、零れた涙が冷たい石の床に流れ落ちた。
…To be continued.