01 // 私はそんなに弱くない

Title1 こんな事は慣れているはずだった。



ざあぁぁ…



どんなに熱いシャワーを浴びても、赤くなる程スポンジで肌をこすっても、染み付いた赤とむせかえるような血の臭いは落とすことは出来ない。
記憶を遡ってみても血をこんなに浴びたのは久しぶりだと思う。


『人殺しっ!!』


最後に少女が発した言葉が耳から離れ無い。
彼女の絶望と憎悪が混じった顔が瞼に焼き付いてしまったかのように、浮かんでは消える。

「ごめんね」

貴女を殺すつもりはなかった、と言っても今更だ。
今回の任務は神羅を裏切った科学者夫婦の抹殺と彼等が持ち出した研究データの奪還。
ターゲットを始末し、研究データも回収したまでは順調だったが、その後運悪く夫婦の娘が起きて来てしまったのだ。
目撃者は全て消す。タークスに所属しているわかりきっているのに、奥底に残った人間らしさ、最後の良心は切り捨てきれない。
タークスに所属している限り、誇れる仕事ばかりではなく汚い仕事もしなければならない、そんな事はわかっているのに…

「私も、まだまだ甘いってことか」

湯気の立ちこめる浴室から出て、壁にかかる鏡に写る自分の体に残る傷跡を見やるとは眉を歪めた。










* * *




地下に続く細い階段を下りた先にある扉を開けた店内には、うるさすぎないジャズと抑えた光源が使われていて程良い薄暗さで、一人で飲むには丁度良い。
バーテンダーも注文時以外は話し掛けて来ないため、今夜みたいな気分の日はよくこの店を使っていた。



「お嬢さん、隣によろしいですか?」

グラスを傾けた時、背後から聞こえたのは若い男の声。
聞いた瞬間にの口元には笑みが漏れた。
普段とは声色と口調を変えていても、彼は独特な気配と香りでわかるから。




「私に何か用かな、レノ?」

あっさりバレてペロリと舌を出したレノは、薄暗い店内でもなお鮮やかな赤い髪を揺らしながらの隣の椅子に腰を下ろした。


「お前がこの時間にこんな所にいるなんて珍しいな、と」

「私だって色々考えたい時もあるのよ」

カラン…
の手に持つグラスの中で氷が揺れる。

「仕事だったんだろ、と?…って、おいっ」


レノが口にくわえて火を付けようした煙草を奪い取ってやった。
基本的に煙草は嫌いだが、今は特に煙を吸いたくないのだ。


「仕事だと割り切ってるよ」

それでもどうしようもなくなる時もある。完璧に割り切ってしまえたらどんなに楽だろうに。
瞼を伏せると長い睫がの頬に影を落とす。

「…忘れさせてやろうか?」

カウンターに置かれたの手にレノの大きな手のひらが重なる。
甘い響きが混じった声に顔を上げると、普段と接する時と違って真剣なレノの赤い瞳とぶつかった。


「いい」

視線を逸らさないままレノの手のひらをやんわりと振りほどく。


「貴方とは気の許せる良い同僚でいたいもの」

“良き同僚”と一線を越えた関係をもってしまったら、今までの関係を保てないだろう。
そんなのは嫌だから。


「だからこれ以上は、いい」

「…残念だぞ、と」

心底残念そうに言うレノに、は内心を悟られないよう冷静を装って大分酒が薄くなったグラスを口に含んだ。
彼に対して初めて感じた“男”に胸がときめいた事は言わない、絶対に。



「レノありがとね」


いっそのこと誰かに寄りかかってしまえば楽かもしれない。
でもね、大丈夫。






私はそんなに弱くないから

(馬鹿だと思いつつ、そう自分に言い聞かせた)







* * *

タークスヒロインのレノ夢?
お互い慣れ合うような関係ではなく、大人なお互いを理解し尊敬している良い同僚、って感じみたい。
尊敬と恋愛感情は近いと思う。