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頭を下げてくれる兵に挨拶を交わして、陣幕から出ると陽の光が眩しくては思わず目を瞑ってしまった。

見上げれば5月ならではのとても澄んだ青空で、寝不足気味の目には少々酷に感じる。
軍議の後、少しでも睡眠をとった方が良いとはわかっているのには緊張のためか一睡も出来なかったのだ。
「史実を変えてしまおう」と決意して此処まで来たのに、自分の提案を基にして話が進んでいくのは怖かった。
ゲームの世界じゃない現実世界ではやり直しは出来ないし、この展開でうまく行かないかもしれない。それ以上に決意したのに…史実を変えてしまうかもしれない事がこんなにも怖いだなんて、今更ながら感じてしまったのだ。



「よっ、目が赤いけど寝不足かよ?」

声をかけられて振り向けば其処には戦装束を纏った将臣が居た。

「はは…実はね、昨夜はあんまり眠れなくて…」

軍議では武将達を差し置いて偉そうなことばかり言っていたくせに少しばかり情けない。


「そっか、実はさ俺も寝られなかった。まっ、お互い初陣だし当然だよな」

豪快に笑う将臣に、つい今まで自分を支配していた緊張が解れていく。


「…将臣君は倶利伽羅峠での史実は知ってるよね?このまま進んでも大丈夫か、皆を助けられるのか不安になっちゃってさ」

零れ落ちた言葉はこの時空に来てから初めて出た弱音だった。
一瞬の間の後、自分の言った言葉に少し驚いて、慌ててて訂正しようとするの頭に将臣の手の平が置かれる。


「不安はさ、当たり前だぜ?俺もどうにかして史実を曲げてやりたいずっと思っていたさ。戦に勝ったとしても上手くいくのかその後どうなるのかなって不安になる。今も不安だぜ。でもさなんて言うか、うまく言えないけどがいるおかげで大丈夫な気がするんだ」

「えっ?」

「お前を見ていると何とかなる気がするんだよ。きっと皆もそう思っているはずだぜ?もしかしては兵達が言っているみたく比売神様なのかもな」

笑いながらがしがし髪の毛を乱暴に撫でられる。
髪は乱れてしまったけど、少しだけ気持ちが楽になった。
将臣に大丈夫だと言われると、何故だか大丈夫じゃないかこれは彼の人柄というのか天性のものだろうが、やっぱり彼は凄いと思う。


戦時以外は朝が弱い人物が此方にやって来るのを見付けて将臣は片手を上げた。


「よぉ知盛」

「…随分と仲がよろしいようで」

早朝だからか知盛が少し不機嫌そうに見えるのは気のせいか?
低血圧なのかな、とこっそり耳打ちすると将臣は苦笑いを浮かべるのみ。周りにいる兵達も知盛を遠巻きに見ている。


「知盛様おはようございます」

「ああ…」

からの挨拶にも知盛はぶっきらぼうに返事をする。
その様子に将臣は吹き出した。

「おいおいに構ってもらえなかったからって拗ねるなよ」

「クッ、戦を前ににして随分と余裕でいらっしゃる、と思っただけだ」

「余裕っていうかよ、ここまで来たらある意味空元気だ」

「有川、それならばもう少し緊張感を持て…」


何だかんだ言いながら、楽しそうな将臣と知盛の会話を仲良いなと思いながら、昨晩の軍議を思い起こしていた。



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