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京を発った平家軍は4月26日には越前国に入った。
そして翌27日、越前・加賀の在地反乱勢力が籠もる火打城を取り囲み、籠城戦になる前にの進言により城を取り囲む人造湖を決壊させて城を打ち破ることに成功する。
その後、平家軍は加賀国に進軍した。






夜の帳が降りる頃、大人数とはいえ明かりも無い闇の中を進むのは危険なため、この日は野営をすることになった。
現代では戦争、紛争に一般人が巻き込まれることもあるが、この時代、この世界は戦は主に武士が行うもので一般人を巻き込むことはしない。
よって、人里から離れた場所、奇襲を避けるためにも山の斜面を背に陣を構えことになった。
兵達が槍を柱に矢盾で床、天井を作りその上に藁敷、蓑敷をかぶせ壁と床敷を作り、野営の準備をする。
テレビで観ていた時代劇などは合戦の派手な部分しか映し出さないが、野営の準備をする様子は戦といっても合戦の場以外は本当に地味なものだ、とは感じていた。



「姫様、お疲れでしょう。ゆっくり休んでください」

「すいません。お気遣いありがとうございます」


白湯を渡してくれた年若い兵に感謝の意を伝えると、彼は頬を赤らめながら一礼して嬉しそうに持ち場へと戻って行った。


「別に畏まらなくてもいいのになぁ」

兵達は“姫君”として自分を気遣ってくれている。
しかし、一度戦となれば兵も姫も無く、戦場で戦う仲間なのにと思う。
それに、前の時空では三草山や壇ノ浦の合戦を経験しているため、長時間の移動や夜営も多少は慣れてはいたのだけど…もちろんその事は言えないため彼等の気遣いを素直に受け入れことにしているが。








「失礼します。…あれ?」

「おっ、少しは休めたか?」

将達が作戦会議をするための陣幕が設置され、兵に案内されて中に入ると其処にはすでに甲冑を脱いだ将臣、知盛、道盛、維盛が居た。


殿、道中不自由なことはありませんでしたか?」

柔らかい物腰で微笑みかけてくる維盛も甲冑を纏っていなければ武将には見えない。
総大将なのだからもう少し堂々としていればいいのに、とも思う。彼も腕は確かだが、武に長けた知盛や年長の忠度に囲まれた戦では無理もない事かもしれないか。


「不自由は全くありませんでしたよ。皆さん本当に親切で…逆に気を使わせてしまい申し訳ないくらいでした」

「先の城攻めでの見事な采配に、兵達からは殿のことを“比売神”と呼ぶ者もおりますよ」

「比売神、ですか?」

聞き慣れない言葉に目を瞬かせてしまう。
自分は女神とかそんな大仰な存在では無いのだけど。


「美しい比売神殿には、是非とも我らを勝利へと導いていただきたいものですな」

親しげに話しかけてくる道盛は髪や瞳の色は茶色と違えども、従兄弟だからかどことなく知盛に似ている。


「遅れて申し訳ない」

陣幕の入り口を掻き分けて、忠度がやって来るとその場の空気が引き締まる。
だけは一番最後に来たのが自分じゃないと内心安堵していた事は、内緒。


「皆揃ったようですね。では、軍議を始めましょう」

総大将である維盛の一言で軍議を始めることになった。











* * * *










「このままの勢いで一気に木曾義仲を追い詰めるべきではないか」

「そうですね先の戦ではさしたる損害は無かったですし、戦力を温存している今の状態ならば負けることは無いでしょう」


真剣な話をしているのに、にはどこか宴を開いている気分がした。
このまま勝利が確定しているかのような気楽な雰囲気すら漂う。


(このまま進軍…?)


将達のやり取りを聞きながらは記憶を手繰り寄せる。
何度も読んだ源平合戦に関する本や、後世に伝えられている話では…

加賀国に入り、越中へ進出した平家軍が般若野の戦いで義仲四天王の今井兼平に敗れてしまったのでは無かったか。


(そうだ、確か…)


倶利伽羅峠の前の戦は…般若野の戦いだったか。
確か、般若野の地で兵を休めていた平氏軍の先遣隊平盛俊の軍を、明け方に木曾義仲の先遣隊今井兼平の軍が奇襲して平盛俊軍は戦況不利に陥り退却した。

そしてその後、5月11日に、越中・加賀国の国境にある砺波山の倶利伽羅峠で木曾義仲軍と平維盛率いる平家軍との間で戦が始まる。


(戦の詳細は…)


木曾義仲は昼間は合戦を行わず、平家軍の油断を誘い、ひそかに樋口兼光の一隊を平家軍の背後に回りこませた。
平家軍が寝静まった夜間に、義仲軍は突如大きな音を立てながら攻撃を仕掛けたのだ。



「さて、と…、お前ならばどう動く?」

「え?と、うーん、私なら…」

思考に集中していたため、知盛からの問いに直ぐに答えが出ない。
折角彼が話を振ってくれたのに。

どうするのが最良の策か、平家の都落ちを阻止できるのか。
は口元に手を当てて考える。


(考えろ。このまま進軍したら平家は負ける)


暫くの間思案した結果、ようやく口を開いた。



「我等が動いたならば木曾義仲は直ぐに進軍を開始するでしょう。先の戦で勝利した兵達は少なからず高揚しています。逆に義仲軍は慎重に策を錬るはず…それに義仲四天王も動いているはずだし木曾の、源氏に組する豪族もいつ出撃するか危険です。
このまま進めば後発の軍に挟み撃ちされかねない。ならば義仲の裏をかいてやればいい。
あくまでも私個人の考えですが、先発隊を使い義仲軍をこの先の倶利伽羅までおびき寄せて、戦を有利に進める」


「なっ…」

「ほぅ、殿は大胆な策を考えるな」

忠度は絶句し、道盛は目を細めた。
それはそうだろう。勢いづいている中、慎重にしろなどと水を差すことを言ったのだから。


「義仲軍の動きによっては策はいくつか考えます。私が最優先に考える事は、精神論やもののふの誇りよりも、確実に皆が生きて待つべき人達のもとへ戻る事ですから」

「むぅ…」

語尾を強めて言えば、いの一番に反対を唱えるだろう忠度は唸って黙り込んでしまった。




殿、貴女は大した比売神殿だな。…知盛殿が気にかけるわけだ」

「へー大胆な案だな」

「クッ成る程、なかなか面白いじゃないか」

「ええ、我等が思い付かなかった案ですね。さすがは殿」

口々に上がる感心した声に、多少の反対を覚悟していたは拍子抜けした気分になった。


「あの…私の案を、使うのですか?」

「貴女は自分の案に不安をお持ちなのですか?」

「いえ…あっさり了解をもらえるとは思わなかったもので…」

正直に困惑を伝えれば道盛が口の端を上げる。

「とても面白い案ですよ。もちろん細かい作成は議論して決めなければなりませんが」

「クッ有川、お前はどう思う?」

「大胆だけどさ、は先を考えているんだろ?いいんじゃないか?」

この先に起こるだろう悲劇を回避したいのは将臣も同じだった。
それにの覚悟を知っている自分が彼女の案に反対する理由などない。


「では、先発隊を決めましょうか」

どうやら進軍を止めることは成功したようだ。
しかし、こう事が進んで行って大丈夫か不安になってしまう。
自分の僅かなミスが彼等の運命を閉ざしてしまうのでは、と。

俯いていた顔を上げたとき、知盛と視線が合う。


「クッ、何て顔をしている。これでも俺はお前を信用しているつもりだぜ?お前の機転もあって先の城攻めも勝利した。もしもこの先戦になったとしても、それは我等が動くことだ」

「…私も、皆と一緒に戦います」

そうだった。
運命を変える、そう思ってこの時空にやって来た。
なのに、今更怖いだなんて言ってられない。
平家の運命を左右した倶利伽羅の戦を、この先の訪れるであろう悲劇を、少しでも回避出来れば…

祈るような思いでは軍議を続ける彼等を見つめた。





※平 通盛
知盛の従兄弟。平教盛の嫡男。越前三位と呼ばれた。本名は公盛。



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