顔・ルックスともに普通。
学校の成績も中の中くらいで、運動が出来るわけでも無いが全く出来なくも無い。
『至極平凡』それが私だった。
これといって秀でたものは持って無いけれど、唯一他人に自慢できることは…眼鏡が似合う事だった。
こんな自分には特に波乱も無く、平凡な普通の人生を送っていくものだとばかり思っていたのだけど…
まさか、こんなありえない状況になるなんて。
ぐるりと見渡せば目に入るのは、広い日本庭園付きの大きな和風の御屋敷。
その板敷きの外廊下に呆然とヘタリ込みながら、
(人生って何が起きるかわからないんだなぁ)
平々凡々な人生の中、初めては呑気にそんなことを感じていた。
「…何時まで乗っているつもりだ…早く退け」
何やら物騒な努気を含んだ低めの色っぽい声がして、違う世界に行きかけていた意識が戻る。
あれ?自分の下から声がする?なんて、不思議に思いながら下方に目線を移すと…
の下に、銀髪の若い男の人が居た。
そういえば板敷きなのに、やけに温かいと思ったら…この男の人がクッションになっていたのか。
端から見ると、自分が男の人を押し倒して上に乗っているように見える訳で…
困ったぞーこれは人が来たら誤解されそうだな。
意外と冷静にそう状況を理解した。
「何だ人が下に居たのか…って、うっぎゃあ〜〜?!」
状況を理解すると、とんでもない状況にの顔は瞬時に耳まで赤くなる。
そして、叫んだ勢いのままに後ろに飛び退いた――つもりだった。
ごすっ!
飛び退いた勢いで、そのままの体は庭に落下してしまい、地面に後頭部をしたたか打ちつけた。
(何なの?コレ…)
痛みと衝撃で遠くなっていく意識の中、見えたのは雲一つ無いとても澄んだ青空だった…
季節は木枯らしが吹き始めた初冬、吐く息も白むくらい冷たい朝の空気の中で、汗だくで道路を走っている少女がいた。
乱れる制服のスカートを気にする余裕も無く、必死に走る少女の名は。
ただ今、青春真っ只中の女子高校生である。
本日は憂鬱な定期テストの当日。
このテストで冬休みの補修が決まってしまうというのに、そんな大事な日に何てことかは寝坊をしてしまったのである!!
(ヤバイ試験開始に間に合わない!)
少しでも近道をしようと、何時もは通らない民家の間の細い裏道を走っていた時…異変は起きた。
ガクンッ
走っていたはずなのにいきなり体が傾ぐ。
足が着地して蹴るはずの地面が無かった。
工事現場の人が閉めるのを忘れていたのか悪戯か。何故かマンホールの蓋が開いていたのだ。
「―っ!?」
驚く事も叫び声も上げることも出来ないまま、 の体は闇の中に落下していった。
(落ちるー?!)
マンホールに落ちるなんて有り得ない―!
(うっきゃあぁぁぁー!!??)
声に出せない叫びは暗い闇の中に吸い込まれていった―…
* * * *
「マジで有り得ないから?!」
ハッと、自分の声で目が覚めると、まず見えたのは見知らぬ木目の天井。
自分の部屋の天井は白い壁紙が貼られているはず。
では此処は、自宅ではない?
しかし、どうしてこんな所で寝ているのだろうか。
回らない頭でぼんやりと辺りを見渡す。
が寝ているのは自宅の祖母の部屋とは少し異なる趣の和風の部屋だ。
何度目を瞬かせてみても…此所はやはり見知らぬ室内だった。
「此所…どこ!?」
「クッようやくお目覚めか?」
声を掛けられて首だけ動かして横を見る。
「えっと…だれ、ですか?」
逆光と眼鏡をかけて無いせいでよく見えないが、その人物の髪が光を反射して煌めいて見えた。
印象的な銀色の髪は…さっき下敷にしてしまった男の人?だろうか。が、部屋の入り口に立っていた。
そうだ…マンホールに落ちたと思ったら、何故かこの男の人の上に落ちたんだ。
よくわからないけど、とりあえず彼に謝まらなければ。
「先ほどは、とんだ失礼をしてしまいごめんなさい」
ペコリとお辞儀をして、枕元に置いてあった眼鏡をいそいそと装着する。
鮮明になったの視界に飛込んで来たのは…
「!!」
モデルも顔負けの銀髪の秀麗眉目な貴公子。それに醸し出すオーラがやたらとエロい。
ああ何てことでしょうか!自分はこんな美形の上に落ちたのか?!
「あわわわっ本当に大丈夫でしたか?と、特に顔!!顔に傷はありませんか?!」
蒼くなってあたあたと混乱するを見て、男の人はクツクツと笑いだす。
本当に美形とは何てお得なんだろう。悔しいけど小馬鹿にされているその笑いさえ麗しく見える。
「クッ、赤くなったり蒼くなったり…面白い女だな」
「な、なんですと?!その言い方は失礼ですよ〜!」
ムキーっとぷんすか怒ってみるが、の態度がよほど面白かったのか貴公子は声をあげて笑いだす始末。
ここまで笑われると、怒っている自分が馬鹿にみたいに思えてきた。
ひとしきり笑うと貴公子は身を屈めて、に目線を合わせる。
「…お前の、名は?」
「ええと、です」
人の名前を聞くのなら、先ずは自分から名乗れや!と言ってやりたくなったが、貴公子が口元を綻ばしたのを見て止めた。
(この人、笑うと可愛いな)
この人がではなくてこの笑顔は好きだな。そう感じてしまったから。
…この日を境に、平凡な女子高生だった私の世界はすっかり変わってしまいました。