働かざる者食うべからず?

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最初、此所がどこなのか聞いた時は、何かのドッキリかと思った。
治承三年初春…平安時代?しかも下敷にした銀髪の貴公子は、平知盛だという。
平安時代で、平ってあの平さん?
まだ彼の有名な清盛さんは御存命中で、今は平氏一門全盛期。清盛さんの四男である知盛さんは若干19歳だという。



あはははははは…有り得ない。
渇いた笑いだけが漏れた。
でも、一緒に落下した携帯電話に表示された“圏外”の文字(実際かけても繋がらなかった)と知盛さん以外の人をみた時、ようやく自分が住んでた時代とは違うんだと理解することがきた。


【タイムスリップ】
それは漫画やアニメの世界だけの話だと思っていた。

行き詰まった時や現実逃避のため「どこかに行きたい」と願うこともあったけど、それとこれとは話が違う。
此所に来てしまった理由も、現代に帰る方法もわからず、この時代にはもちろん知り合いすらいない…
途方に暮れたが、知盛さんに頼んでみると意外にあっさりと了承してもらえて(権力者として、それもどうかと思ったが細かい事は気にしない事にする)彼のお屋敷に置いて貰えることに成功した。












春らしい暖かな陽射しが降り注ぐ、小春日和の午後。
自室で惰眠を貪っていた知盛は、バタバタと走り回る騒がしい足音で目が覚めた。


「…また、アイツか…」

邪魔をされたのはこれで何度目か…いちいち仲裁に入るのも面倒だが、このままでは煩くてかなわない。

(チッ、まったく面倒な女だ)

気まぐれに拾うんじゃなかった。
そう舌打ちしながらも、いつも仲裁に入る知盛は首をコキコキ鳴らして身を起こすと騒ぎの主の元へ向かった。









* * * * 









「年頃の娘が何てはしたない!!」

声をあらげるのは古くから平氏に仕える女房。
他の女房達は巻き込まれたら大変とばかりに、少し離れた場所から様子を伺っていた。


「そんなに着込んだら動けません!絶対に転んでしまうもの!」

負けじと言い返す律華の格好は…女房装束を大分簡略し、襷架けをして袴も膝あたりまで巻くし上げていた。


「何を言いますか!仮にもあなたは平氏一門に仕える者。何てみっとも無い!!」

血管が切れてしまうのでは無いかと、見ている周囲の者が心配になる程女房は顔を真っ赤にして律華に怒鳴りつける。

「いいですよー私は平家に仕えているんじゃないし、知盛さんにお世話になってるだけだもん。そんなの関係無いですから〜」

若い女房では古参の女房である彼女は恐ろしくて逆らうなんて、口答えなど出来ないというのに、怖い者知らずなふざけた口調で律華は女房にアッカンベーをした。
ブルブルと両手を揺らしながら真っ赤な顔をして、今にも掴みかかりそうな女房を止めようと、若い女房が足を踏み出した時…





「…何の騒ぎだ?」


「知盛様」

「あっ知盛さん」

眉間を寄せながらやって来た知盛にへらっとした笑みを浮かべる律華。対して、瞬時に体勢を整える女房は流石プロだ。


「これは知盛様、お目苦しい物を見してしまい申し訳有りません」

「お目苦しいって…」

「黙っていなさいっ!」

“礼儀正しく慎ましく”が信条のこの女房が、これ程まで感情を面にするのは初めて見た。
そんな彼女を律華がぶち壊したのだ。
やはりコイツは面白い、自然と知盛の口元から笑みが漏れる。

「クッお前は本当に面白い女だな」

「む〜面白いじゃなくて、個性的と言ってくださいっ!」

頬を膨らましながら律華は胸を張って言い放った。



「ククッ、ハハハハ」

睨み付けても全く迫力の無い律華に、とうとう堪えきれなくなり知盛は珍しく声を出して笑い出す。
そんな彼の姿は、幼い頃より仕えている古参の女房が目を丸くするぐらい意外だった。


「もぅ何で笑うんですか!?」

ひとしきり笑った後、知盛は頬を膨らまして拗ねる律華の頭を撫でる。
それだけでキーキーしていた気分が萎えていく。
律華自身も単純だと思うが、綺麗な男性に優しくされて嬉しくなってしまうのは仕方がない。



「まったく、知盛様は 律華には甘いのだから…」


古参の女房は溜め息をついたが、ほんの少し安堵していた。
何事にも本心を見せない主が、彼女によって少しずつ変わっていく気がしていたからだ。
…もちろんそんな事は二人には言えないが。



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