2.a state of emergency.(2)
夢を見た。
夢を見ながら理解していた。これは幼い頃の夢だと。
淡いベージュの壁、木造の小さなベッドに母親手作りのパッチワークの布団、誕生日に買ってもらった大きな熊のぬいぐるみ…此処は、懐かしい記憶の中にある幼い頃過ごしていた自分の部屋だった。
「魔女?」
「そうよ。が生まれるずっと前、世界をお造りになった“大いなるハイン”の魔力を受け継いだ女の人の事を魔女と呼ぶの」
なかなか寝付かない幼い娘に、ベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けた母親が枕元で読み聞かせたのは、この世界の“創世”が描かれた絵本。
人々の創造神である“大いなるハイン”とハインの魔力を受け継いだと言われる魔女と、彼女を護る騎士の話だった。
「お母さん、魔女さんは神さまなの?」
食い入るように絵本に描かれた魔女の絵を見つめていたが、大きな瞳をさらにまん丸にさせながら問う。
「うーん凄い魔力を持って自由に魔法を使える女の人だけど神様じゃなくて私達と同じ人だっていう話だけどね…どうなのかな?」
「魔女さんはわたしと一緒なんだ…じゃあね、この魔女さんは騎士と一緒に戦ってみんなから誉められたけど、ほかの魔女さんはどうしたの?」
うーん、と母親は少し考えた後、にも理解出来るように言葉を選びながら答える。
「私達と同じ人といえど大きな力を持つ魔女達は怖がられてね、この本の魔女は国のために戦って人々から誉められたけど、他の魔女は…いじめられてしまったの」
「…かわいそうだね」
ギュッと小さな手が布団の端を掴む。
「いろんな人からいじめられたら、魔女さんかわいそうだよ。だって人と同じなのに、モンスターじゃないのに」
「そうだね。みたいに考える人が増えたら、魔女さんが可哀想じゃなくなるだろうね。…明日起きられなくなっちゃうから、そろそろ寝よう」
布団を掛け直して頭を撫でる母親の手のひらの温かさに、ゆっくりとの瞼は重みを増していった。
重たい瞼を開けば、煤けて変色した寮の天井ではない綺麗で見慣れない天井が見えて…
「えっ!?」
一瞬自分がどこに居るのか理解出来ずに、はベッドから飛び起きた。
室内を何度も見渡してから、ようやく昨日の出来事を思い出して呆然となる。
「夢、じゃない」
昨夜は眠りにつくまで夢オチを期待していたのに。
* * *
「これからどうするんだ?」
「へっ?」
昨日着ていた服は誘拐犯と応戦した時ナイフで所々切られてしまったため、ルーファウスに用意してもらったせっかくの白いシフォンワンピースを汚さないようにと、慣れないナイフとフォーク格闘していたの手が止まる。
向かい側に座るルーファウスは、昨夜とは打って変わって髪を後ろに撫で付けたワイシャツに白いスラックス姿でとても同年代に思えない。
着替えをすました後に「一緒に朝食を」と言われ、従業員さんに連れられて行った部屋で先に待っていた彼を見て誰かわからなかった。
「まだ考え中なんだけど…とりあえずバイトでもしようかな、って思ってるの」
「バイト?」
ピクリとルーファウスの手が止まる。
「うん。私ね訳有りで身分証とかが無いの。でも裏の仕事はやりたく無いし、バイトって言っても簡単な作業とかモンスター退治くらいしか出来ないけど、武術は少し習っていたから何とかなるかな〜なんて?」
おちゃらけて言っているが内心は不安だらけだ。
昨夜の事、魔女になってしまったという混乱や今後の身の心配など、頭はパンクしそう。
「…昨日の動きといい、は士官学校の生徒なのか?」
「まぁ、そんなところかな。でも私は優秀な生徒では無かったけどね」
何度も試験に落ちたし優秀どころか落ちこぼれだったかもしれない。
あはは、とは苦笑いを浮かべた。
「ソルジャーを目指していたのか?」
「ソルジャー?」
「知らないのか?」
頷けば更に驚くルーファウスに、は変な事を言ってしまったかと眉を下げた。
「…ごめんなさい、私はものを知らないから…」
「いや、すまない。士官学校出身者でソルジャーを知らないとは珍しいなと思っただけだ」
そう言うとルーファウスは神羅カンパニーの私設部隊、ソルジャー部隊の事を、神羅カンパニーが出資して未だに建設途中ミッドガルについてていねいに教えてくれた。
食後のコーヒーが運ばれてきた後、おもむろにルーファウスが切り出した。
「、もし君が希望するなら…私は神羅のソルジャー部門には少しは顔が利くから君をソルジャーに推薦しようか?ソルジャーになれば身分証も用意出来しある程度の生活は保証される。君の実力ならやっていけるだろう」
“ソルジャー”SeeDと似た庸平制度。少し前の自分なら飛び付いていただろうけど、今は少しだけ考えてしまう。
右も左もわからない世界で身分と衣食住の保証に確かに魅力的だけど…
ソルジャーは人を傷付ける。仕事だから任務だから、と割り切れないと思う。SeeDを目指していたのに、怖いだなんて笑ってしまう。
だけど、昨夜の出来事を人を殺してしまった感覚は映像は、しばらくは頭から離れそうにないから。
「すごいありがたいけど…ルーファウスに迷惑をかける訳にはいかないよ」
「迷惑なわけない。は私にとって恩人なのだから、力になりたいんだ」
はうっ、と言葉に詰まる。
一応、年頃の女子だ。美形な青年にそこまで言われたら断れないでしょ。
「…ソルジャーは無理だけど、もしルーファウスの口利きで短期アルバイトとして雇って頂けるなら、お願い出来ますか?」
「ああ、決まりだな」
おそるおそる上目遣いに言うに、ルーファウスは満足げに頷いた。