03

新緑の季節爽やかな風が吹き抜ける、街の中央に造られた広場。
市民の憩いの場になっているこの場所には、老若男女様々な人種の人々が思い思いに寛いでいる。
この街のシンボルである協会が建ち、きっとこの場所で愛しい人と挙式したい、と憧れる女の子も多いのだと思う。
広場に敷き詰められた石畳と長い階段が、テレビや雑誌で見たヨーロッパのようで…
此処が近代的な大都市だという事を忘れてしまうようだ。

だが、一度広場から離れれば高層ビルが建ち並ぶ。
コレクター達のメッカでもあり競売も盛んで「此処に来れば、欲しいものが必ず見付かる」と、
ぶらり立ち寄った競売市場で品物を広げていたおじさんが自慢気にそう言っていた。
特に、年に一度行われるオークションは世界最大規模で有名らしい。

華やかな表の顔と裏では人間の欲や闇が蠢くこの都市の名は…


“ヨークシンシティ”


もちろん、あたしはそんな都市は知らない。











快晴の青空に相対し、中央広場の階段に一人腰を下ろして両手で頭を抱えうんうん唸っている女性がいた。
彼女は遠目からでもわかるくらいに見目麗しく、背中に下ろしたままの銀髪が太陽の光に照らされて揺れる度にキラキラと輝いて見える。
道行く人の数人かは女性の方を気にしてチラチラと振り返るが、彼女の放つ雰囲気に声をかけられずにいた。

まぁ、頭を抱えている本人にしては相手になんかしている心の余裕は無いだろうが。


「有り得ないよ…」

女性、は本日何度目かの盛大な溜め息を吐いた。



昨日―…日が暮れるまで買い物や街の散策をして、日没を迎えた後さすがに野宿は嫌だったためホテルへ入った。
お金もいくらか余っていたし少し料金が多額でもって構わないと入ったホテルだったが、ロビーは高級で重厚な造りであまりにも自分が場違いすぎて入った事に後悔した。が、ホテルマン達の営業スマイルに今更逃げることは出来ず、は受付カウンターへ向かう。




「こちらの用紙にご署名をお願い致します」

「あ、はいっ」

促されるまま、カウンターにて必要事項を記入して用紙を受付の女性に渡す。
受付の女性は用紙に目を通すと「はぁ?」と訝しげに眉を寄せ、用紙とを交互に見た。

「…何か?」

用紙にはしっかりと“ ”と漢字で記入したのだが。郵便番号と住所だって間違えてはいないはず。

「あの、お客様申し訳ありませんが…」

受付の女性がチラリと横の男性に目配せをする。
一人でホテルにチェックインするなんて初めての経験だったから緊張していたのは確か。
それが挙動不審に見えて不信がられたのだろう。


「…身分証はお持ちでしょうか?」

「身分証…」

身分証と言われて少し焦る。
が持っている身分を特定出来そうな物といったら…銀行のキャッシュカードかライセンスと書かれたカードのみ。

「あの、これでいいですか?」

いくら何でもキャッシュカードを出すのは気が引ける。
一瞬悩んだものの、ライセンスカードを提示すると受付の女性は明らかに顔色を変えた。


「っこれは…少々お待ちください」

女性と立ち代わりに、先ほど彼女が目配せをした男性がやって来るとに満面の笑みを向ける。

「大変お待たせ致しました。どうぞこちらへ」







通された部屋はスイートルーム。
うわぁこんな広い部屋初めて!田舎者丸出しでハシャいでしまった。


「はぁー…」

ベッドに仰向けに寝転がりながらライセンスカードを見つめた。
先ほどのホテルの従業員の反応…このカードはそんなに価値のあるものなのか。

「ライセンス…ハンターライセンスかぁ」

この夢の中では自分は一体何者なんだろう。ハンター、とやらなのか?
しかし、いつになれば目が覚めるのだろう。こんなに長い夢など今まで経験も聞いた事もない。









* * * *








深夜という時間にも関わらずこの街に集う人々は眠らない。
ネオン煌めく繁華街。
欲望渦巻くこの街に巡らされた無数の裏路地で、この様な光景が繰り広げられているなどと誰が思うだろうか。






ボタッ、ボタボタ…


動揺し、奇妙な形をしたナイフを取り落としそうになりながら男はバカな、と呟きながら私を見る。

口内に広がるのは独特な鉄の、血の味。
たった今、目の前の男に貫かれた胸からの出血は既に止まっていた。
血で汚れた口元を親指で拭い、私は彼にニッコリと笑いかける。



「致命傷を与えたはずなのに、不思議?」


一歩前に進めば男は後ろに下がり間合いをとる。が、動揺したままの男の動きは遅い。


どきゃっ


一瞬で男との距離をつめ、薄汚れたコンクリートの壁に男の体を叩きつけると頸動脈の真横に深紅の刃を突き付けた。
男の顔が畏怖とも恐怖ともとれる感情に歪み、私は幼子に語りかけるように優しく言う。


「クスクス…あらあらそんな顔をしないでよ。死に逝くあなたへのせめてもの餞に、わざと避けないであげたのに。」


男の頬を人差し指で撫でながら、甘く優しく耳元で囁く。


「あなたは幸せよ?…だって……」



男の頬を撫でながら力を解放した。


「…こんなに、楽に死ねるのだから。」



既に肉塊と化した男の首から、金で出来た髑髏に蛇が巻き付いた悪趣味なネックレスを引きちぎる。
呻き声も断末魔も無く、恐らく自分がどうなったか解らないまま男は絶命した。


「呆気ないものね…」


それでもこの男に“羨ましい”と思ってしまう自分は、何て愚かで哀れなんだろう。

男だったモノに背を向けると、肉塊は青白い炎に包まれた。

ふと視線を動かした時に、地面に転がった割れた鏡が目に入る。
そこに写った自分の姿は…闇の中でなお輝く銀色と毒々しいほど赤い光を帯びた瞳で―…






ああ、これはあたし?あかい血の色に染まったあたし…


…否。あたしは、私は、同じで異なる。だって…


私は……










がばっ


はぁはぁはぁ…

バクバクと心臓が早鐘を打ち、体中から嫌な汗が噴き出していた。

「…こ、こどこ…?あれ、ゆめ…?」

(あたしはどうしてここにいるの?)

霧がかった意識がだんだん頭が覚醒していくにつれ、昨日の記憶が蘇ってくる。


自分が寝ているのは、白で統一された広く清潔感のあるホテルの部屋。
キョロキョロ確認するが、鏡に写る姿は元の自分では無い銀髪の女性のままで…


「うそ…」

足から力が抜けて、ズルズルとその場に座り込んでしまった。


「…まさかこれは夢じゃなくて現実?」



…どれくらい呆けていたのか。
頭を軽く振りはのろのろと立ち上がった。何時までもへたり込んでなどといられない。

とりあえず今は自分の状況確認と、この場所の情報を収集しなければ。
もしかしたらどこか知らない国に居るのかもしれないし、万が一の場合は警察所に駆け込んで保護してもらうのもいい。
日本大使館があれば、どうにかして家に連絡が出来るかもしれない。



「大丈夫、きっと大丈夫だよ」


そう自分に言い聞かせると、は着替えをすませ街へと出掛けた。