07

プライベート用の携帯電話にかかってきた電話を切り、ラウツは両手で頭を抱えていた。
たった10分足らずの通話でフルマラソンを全力疾走したぐらいの力を使った気分だ。
灯りも付けていない薄暗い部屋の中で、力尽きてずるずるソファーに身体を沈める。
ああ、何て事だ面倒な事になった。まさか全世界のマフィアの重鎮である十老党の1人に目を付けられるとは。


「あいつは運が良いのか悪いのか…」

確実に運が悪いだろう俺も彼女も。
重い身体を起こし、のろのろと携帯電話のボタンを押した。







「…あの、今何時か分かって電話しているんですか?」


いつも明るい彼女の不機嫌な声音。
早朝というより深夜に近い時間にかかってきた電話に、睡魔の方が勝って無視し続けていたがあまりのしつこさに痺れを切らし携帯を手繰り寄せると、ディスプレイには無視できない名前が表示されていた。
枕に顔を埋めたままくぐもった声で返事をすると、いつも偉そうな相手が謝ってきたので何事かと眉を寄せる。



「実は、パーティーに参加してほしいのだが…」

「嫌です」

そう即答して直ぐに電話を切ろうとするが、彼の珍しく焦った声色に指が止まる。


「…断ったらお前の今後の仕事を左右する」

「別に左右しなくてもいいです」


別にモデルで生計を立てようなんてこれっぽっちも思っていない。
貯金はたんまりあるし、ハンターライセンスを活用すれば何とかなるだろう。


「…会社の未来を左右するんだ。俺を助けると思って協力してくれ」

溜め息混じりに弱々しく言われるとさすがに困ってしまう。
ラウツ社長にはいろいろと世話になっている…は渋々頷いた。

「わかりました…ただし一つお願いがあります」

「何だ?」

「社長、今入っている仕事を終えたら1ヵ月くらいお休みをください」


この世は所詮、give and take.が出した条件にラウツは頷いた。










* * * *








「……今更ですが、何で私がこんな格好でこんな場違いな場所にいなきゃならないのですか?」

「お前の御披露目だと思えばいい」


背中の開いたボルドーのマーメイドドレスに身を包んで、髪も巻きアップにしていて化粧もバッチリ。
パーティー会場なので浮くことは無いが、高い服なので下手に動けずぎくしゃくしてしまい、隣を歩く所属事務所のラウツ=アルフォート社長から怪訝な視線を送られているのは先程から気付いてた。

華美な内装にひしめく人は皆煌びやかで、まるで夢の国。全くもって此処は自分には全く無縁の世界だと思う。
会場に居るのは有名な企業の社長やら政治家、テレビで見た事がある芸能人、スポーツ選手…

何故か彼等から常にチラチラと向けられる好奇の視線に、くぉらっ見せ物じゃないんだ!と叫びそうになる。
注目されるのは慣れていない。
は早くも泣きそうになっていた。








「…そういえば知ってる?今夜シンデレラ・ガールが来るって」

慣れ慣れしく腕に絡みついてきた女は、真っ赤なルージュで彩られた唇を耳元に当てこう囁いた。
まんざらでもないのか黒髪の男は、耳元で囁いてきた女の首に顔を沈めながら問い返す。
女の纏う香水と彼女のほんのりとかいた汗との甘い香りが鼻をつく。


「シンデレラ・ガールって?」

「デビューから大物達のハートを掴んだ幸運の持ち主。謎多きモデルの事よ」

春先に話題になったネルブランドの広告の彼女よ。と、妖艶な口元を上げ女はクスクスと笑いながら言う。
ふぅん、と返事を返し男は煌びやかな会場内を見渡した。

パーティーには上流貴族をはじめ、芸能、スポーツ、経済、あらゆる業界から集まったセレブしかいない。
女たちは皆美しく着飾り、男たちも身なりを整えている。
かくゆうこの男も上流貴族の遊んでいるような道楽息子のような格好をしていた。
ちなみに隣の金髪でグラマラスな女は、世界で活躍しているスーパーモデル、アナベラ。

今回のパーティーは表向き上流階級の交流のためのもの。
だがその裏では、マフィアの息がかかった闇の取引が行われている。
此処に居るほとんどの招待客の目的はオークションだった。青年の目的もそれに漏れず…


(シンデレラ・ガール、ね…丁度いい。そろそろこの女にもうんざりしていたところだしな)

ぺちくちゃと喋り続ける女に適当に相槌を打ちつつ、黒髪の男は内心冷めた思いで女を見ていた。
アナベラの人脈は役に立つだろうと思って近付いたのだが、こうも煩いと黙らせたくなる。
男はこの前に大仕事も終わり、しばらくは大きな仕事の予定もなく、趣味と実益もとい暇つぶしのためにふらりと一人で会場にやってきたのである。
もしも今回、気に入った品があれば盗めばいい。
…それが何であろうと。





天井から吊り下げられている豪奢なシャンデリアを見て、街角で見かけたネルブランドのポスターを思い出す。
遠目からでも視界に飛び込んできた銀髪の女は確かに惹かれるものがあった。


「次の仕事までの暇つぶしにはもってこいだな」

そうアナベラに気付かれないように口元を微かに吊り上げ、男はそう呟いた。







黒髪黒目、額に包帯を巻いた男の名は…
A級賞金首 幻影旅団団長 クロロ=ルシルフル






…To be continued.