08

会場に着いてから老若男女問わず、何人に挨拶を交わしたか覚えてはいない。
彼等との会話はラウツがしていたが、常に浮かべていなければならない作り笑いに頬が引きつり、いい加減グッタリしてきた。


、顔が引きつっているぞ」

「もう笑顔は限界なんで帰らせてください」

「帰るのはまだだ。先程大物を見付けたからな。名前くらい聞いた事があるだろう…スーパーモデルのアナベラ」

アナベラ、聞いたことがある。世界有数のファッションショーに数多く出ているようなスーパーモデルだったはず。
言いかえればの大先輩。自分は兎も角、モデルだったら一度は憧れるような人物だ。

「絶対に挨拶に行かなきゃ駄目ですか?」

「ああ、上下関係とはそういうもんだ」

キッパリと言われ、は頬を盛大に引きつらせた。










「あらあら噂をすればなんとやら」

人の間をすり抜けながら、真っ直ぐ近づいてくるラウツとの姿を認め、クスクス笑いながら愉しそうにアナベラはクロロの肩にしなだれかかる。


「シンデレラ・ガールの登場よ」


とラウツの二人はアナベラの前に来ると、笑顔で会釈をした。

「初めまして、と申します」

「初めましてシンデレラ・ガールさん。アナベラよ」

大物の貫禄というのか、男も女をも魅了するグラマラスビューティーなその妖艶な笑みに、同性ながら目眩がしそうになった。


会えて嬉しいわ。実物のあなたはとてもチャーミングなのね」

「あ、ありがとうございます」


(後輩に対してもっと厳しいかと思っていたが、意外と優しいの?)

と思ったが、話していて彼女の目が全く笑っていない事に気が付き、背中が寒くなる。
…観察されている。アナベラにとって自分が有害か無害かどうか。



(やっぱり怖いな…)

簡単に社交辞令的挨拶を交わすと、女王様の御機嫌とりはラウツに任せては一歩さがった。

気疲れの溜め息をコッソリ吐いていると、ふと視線を感じては顔を上げる。
視線の主はアナベラの後方に佇む青年。
ついジッと見詰めてしまい、目が合うと彼はニコリと笑みを浮かべた。

「初めましてミス.、クロロといいます」

「初めまして…ミスター.クロロ」

にこやかに挨拶をしてくれた彼は、仕立ての良いブランドスーツを着こなしていて顔立ちも美形の部類に余裕で入る程の美青年。
これだけ素敵な男性に微笑まれたら、ほとんどの女性はクロロに対してに好意を抱くだろう。

だが…何故かは違和感を感じた。
それは歯と歯の間に物が挟まったみたいな、極上料理の微量な塩加減を間違えたような微々たるものだが。

(この人には関わらない方がいいかも…)

本能がそう告げていた。




挨拶を交わし、与えられたノルマは達成したのだから早々にこの場から立ち去りたい。
むしろ家に帰りたいのだがそうはいかなかった。
クロロが感情の読めない黒い闇のような瞳で、をじっと見つめていたのだ。


「あの…クロロさん?」

「クロロ、いくら彼女が可愛いらしくても駄目よぉ?」

いい加減視線に堪えられなくなってきた時、クロロとの間にアナベラが入り込み、クロロの頬に手を当て自分の方へ向ける。


「何を言ってるんだい。君が一番素敵だよ」

砂を吐きそうな台詞を言いながら、クロロは頬に当てられたアナベラの細くしなやかな指に自分の指を絡め、その手の甲に恭しく口付けた。

何ですかコレは…人前でラブシーンは勘弁してください。
おそらく、この現場を目撃したほとんどの者がそう思ったに違いない。


(も〜早く行きましょうよ)

頬をひきつらせながらはラウツを目線で訴える。

(…同感だな)

無言で頷くラウツと、さっさとその場から離れようとしたその時、突然会場の照明が落とされた。
スポットライトが当てられ明るくなっているのは、先程までオーケストラたちが演奏していたステージだけだった。
ほんの少しのざわめきと共に期待に満ちた視線がステージに集まる。演出の趣旨も何もわからないは、これから何がはじまるのかとキョロキョロと周りを見渡す。



「社長…これから何が始まるんですか?」

「…オークションだ」

何故か苦々しく呟くラウツに首を傾げていると、ステージ上に後頭部が少し薄くなった背の低い男が進み出る。
胡散臭い眼鏡をかけたテレビによく出ている有名司会者だ。

ステージの中央まで進むと、司会者は満面の笑み(胡散臭い営業スマイル)で大仰に会釈をする。


「皆様!今夜はようこそお集まりくださいました!この度のパーティーをのメインイベントのお時間となりまし…」



バンッ!!



突如タイヤが破裂したような破裂音が響き、話していた司会者の左胸が赤く染まっていく。
営業スマイルを張り付けたまま彼の身体は床に崩れ落ちた。
倒れた司会者の下に敷かれていたカーペットに血溜まりが出来ていく。




シーン……



突然の出来事に理解出来ず静まり返る会場。
だが、次の瞬間と、あちらこちらで悲鳴が上がる。
暗闇で足元がおぼつかない中、逃げようとする人達が出入り口に殺到しているのがわかった。


「扉が開かない!?」

「警備は何をしているんだ!!」


騒ぎ出す招待客達に、まるでパニック映画の1シーンのような光景だなと、はこの展開をどこか醒めた気分で見ていた。



ドンッ!!



パニックに陥りかけた会場に二度目の銃声が響き渡る。
―と同時に室内の照明が一斉に付けられた。


「きゃあっ」
「うわっ」

短い悲鳴と息を呑む音が招待客から漏れる。

真後ろに近付く気配を察知したが、暗闇に慣れた眼を光に灼かれ瞬時に動く事ができなかった。



カチャリ―…


後頭部に重く冷たい物が当たる。
まだ開ききらない瞼をこじ開けながら、振り向こうとするが、

「動くな」

と高圧的な男の声と共に、後頭部に固く当たる物を強く押し付けられる。
顔色を青くして隣に立つラウツの様子や今の状況から、後頭部に当てられているのは銃だろう。


仕方なく振り向くのは止めて、会場を見回すと覆面をした十数人の男が中ライフルやナイフを手にに招待客を威嚇していた。
中はに対してと同様に招待客に銃を突きつけている者もいる。

スーツに覆面という姿は滑稽すぎて、素でやっていたら変態だと思った。だが、その手に握られているのは人を殺傷するための道具で笑えない。




「ぎゃひぃっ!」


隙をみて逃げ出そうとした中年男性の太股に、覆面男の一人が深々とナイフを突き立てた。


「誰一人動くんじゃねぇぞっ!!」

「この会場は俺達が占拠した!!!」

「抵抗しようとする者、逃げようとする者は誰であろうと殺す!!」


血の付いたナイフやライフルを振りかざしながら、物騒な事を男達は叫ぶ。



(何なのこれ?)

異世界トリップといい、最近の非日常的展開についていけない。切実に解説者を要求します。

会場を見渡しながらは今朝観たニュース番組の占いを思い出した。
たしか番組の看板女子アナウンサーが言っていた事は…




「思いがけないハプニングが続出!?冷静な対応を心掛けて☆」







…To be continued.