09

つい数分前までクラッシック音楽が流れ、招待客達の華やかな会話に溢れていたはずの会場は今や覆面の男達、招かざる客達への恐怖と緊張感が支配していた。




カチャリッ…


「少しでも妙な真似をしたら撃つぞ」

非日常的な事態と低く威圧的な態度に少しばかり苛立つも、後頭部に当たる硬く冷たい物の意味を悟るとの顔からは一気に血の気が引いた。
緊張のため軽い酸欠となりクラクラ目眩がする。
よろめきそうになるのを何とか堪えていると、の脳裏には今までの思い出が走馬灯のように蘇ってきた。



(あたしは、可もなく不可も無い平凡な一般人だった……これといって取り柄も無く、苦手過ぎるものも無い普通の女子高校生で。
勉強は嫌だったけど仲の良い友達と面白可笑しくふざけあうために学校に行っていた。授業中は先生に見つからないようにメールを打って、たまに学校帰りに友達とマックに寄り道したり。
特に何もなくて、退屈だった事もあったけど今はそんな生活がすごく遠くに感じて。
いつか、いつかまたあの平凡で退屈な日々に戻れるのかな?戻れるなら戻りたい。だからまだ…)


はゆっくり息を吐く。

(まだ、あたし死にたくない!!)




「死にたく無かったら動くな」

ありきたりな物騒な脅し文句に隣に居るラウツは青い顔をする。
こんな状況では彼の助けは期待できない。


(どうする…?)

視線だけ巡らすと、アナベラとクロロが視界に入った。
…後頭部に銃口を突きつけられている身としたら、かっこいい男性にしがみついて震えているアナベラが少し羨ましいと思う。


(いいなぁ…あれ?)

気のせいだったか、今クロロの口元が少し歪んだ気がした。
彼等にも助けは求められそうにも無い。
自分でやるしか……無いのか。

一瞬、一瞬だけ覆面男達の意識を逸らせれば片が付く。
ギリッと下唇をきつく噛むと口の中に鉄の味が広がった。
この広場へ供給されている電気の配線を探るため、瞳を閉じ意識を集中させる。
それ以外は意識外追いやり、すでに後頭部に当たる銃口など気にはならなくなっていた。



(…見つけた。配線の集合箇所は、中央左手壁の中)

覚悟を決めスッと瞼を開くと、瞬時に動いた。勝負は10秒以内!




01秒… 左手の小指にはめていたピンキーリングを抜き、



02秒… 右手の親指と人差し指で、



0.3秒… 弾く!



0.5秒… リングが壁にめり込むと、室内の電気が落ち照明が消えた。



0.7秒… 振り向きざま後頭部に当てられた銃口を外し、後ろの男の首筋に手刀を叩き込む。



0.8秒… 意識を失った男の身体揺らぐ前にその場を離れ、



3秒… 覆面男達の間を駆け抜け、トントントンッ リズムよく彼等の首筋に手刀を叩き込んでいく。



5秒… ドサッ!最初に昏倒させた男が床に倒れる。



7秒… ドサドサドサッ!! 覆面男全員が倒れる、と同時には音をたてないようにラウツの横に戻った。


(思ったより時間がかかっちゃった…社長にバレたかな…?)



15秒… パッ 非常時用電力に切り替わる。と、招待客から次々に驚きの声が上がった。



「なっ…」

「何だ!?」

「何が起こったんだ?」

数秒前まで我が物顔で会場を恐怖で支配使用としていた男達が、全員床に沈んでいたのだから。
ざわめきを余所に、ラウツはやけに落ち着いているの足元に転がる男を一瞥すると、まさか との思いから複雑そうな表情を浮かべた。


……お前、何かやったのか?」

「いいえ?何もしていませんよ」

澄ました声で答えるが、元来隠し事が苦手な性分なためか目が泳いでいる。軽い頭痛を覚えてラウツは眉間に手をあてた。




「皆様、安心してください犯人は確保しました。現在は警備員を増強いたしましたので、ご安心くださいませ…」

アナウンスが流れ、会場に居る招待客からは安堵と再開されるであろうオークションへの期待感を感じ、は眉間に皺を寄せた。
怪我人や死人まで出たというのに、このパーティーの主催者は自分の体面を取り繕うというのか。
招待客達はオークションを続けるといいのか……上流階級の戯れ事にこれ以上付き合っていたく無い。


「社長、少し疲れたので外の空気を吸ってきます」

「だが、一人では…」

「いえ大丈夫ですから」

そう言うと、ラウツの返事を待たず背を向けるとは歩き出した。









* * * *







「少し気分が悪いので…」

扉に配備されていた警備員に一声かけ、広間の大扉を少しだけ開けると廊下の冷気が独特の熱気でむっとした広間に流れ込んできて、はその心地よさに息を吐いた。
扉を閉めると、広間の混乱と喧騒から少しだけ離れることができる。
早くこの場から離れてしまいたくては歩き出した。

エナメルのサンダルがぶ厚い絨毯に飲み込まれて靴音は聞こえない。
ようやく警備員の姿もまばらになり、話し声や広間から流れる音楽が聞こえなくなる辺りまで来ると、手近なガラス戸からバルコニーへと出た。


空には刃を彷彿させる三日月。
パーティー会場となっているのはヨークシンシティの中心部に建っているホテルだが、階層が高いため下界の喧騒も此処には届かない。
手すりにもたれかかりながら、街を一望できるこの高級ホテルの宿泊代金はいくらなんだろうか、ふとそんなお馬鹿な事を考えてしまった。



「ふぅ…」

頭皮を引っ張りながら編み込まれていた髪をぐしゃりと崩す。
履き慣れないピンヒールのサンダルを履いていたため、痛む足にヒールの高いサンダルなんてもう履きたくないと思う。
とにかく、もう…


「つっかれたぁ〜!」

こうなりゃ他人に聞こえてもかまわない、盛大な大声を上げてやった。







…To be continued.