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「初めましてと申します」

そう挨拶をしてきたを改めてじっくり見た時、ほとんど顔には出なかったが、僅かにクロロは驚いて息をのんだ。
の周りにはオーラが漂っている。
それは一般人が無意識に放つものでは無く、念能力を扱える者のオーラである。しかも彼女のオーラは驚く程絶対量が多い。


(まさか念能力者だったとはな…)

その割には警戒心を感じられないにクロロは目を細めた。
銃口を突き付けられた当初こそ青い顔をしていたが、周りを確認して状況を理解すると雰囲気をガラリと変えた。
何かやらかしてくれるのかと見ていたのだが…
先程の男達を昏倒させた、あの動き。
彼女はなかなかの実力者だと推測できた。この場では自分以外には見えてはいなかっただろう。実に興味深い。
いや、面白い―…

クロロが僅かに口の端を上げた時、タイミング良くが広間から出て行った。






「どこに行くの?今夜はもうお開きよ……さっきの事で私、震えが止まらないの。…もちろん朝まで一緒に居てくれるわよね?」

アナベラはクロロの腕にその豊満な胸を押し付け、肉感的な唇を上げながら熱っぽい瞳でクロロを見あげた。
ずいぶんと積極的な女だな、とクロロが醒めた目で見ている事も知らずにさらに絡みついてくる。

煩わしさに一瞬殺意が生じたが、腕にからみついてくるアナベラをやんわりとふりほどき、クロロは自然に笑みを浮かべた。
女の顎に指をかけ、輪郭をなぞりながら彼女の唇をぺろりと舐め上げる。
アナベラはすでにその気なので、簡単に乗ってきた。
慌ただしく招待客や警備員が出入りをしているのにも関わらず、二人は舌を絡ませ合う激しいキスを繰り返した後、力がぬけて瞳をとろんとさせている彼女の耳元で、クロロはこう囁いた。


「…俺は電話をしてくるから、先に部屋で待っていてよ。続きを朝まで愉しもう…」

目元を熱に潤ませ、アナベラも色っぽく微笑むと頷いた。クロロはそれを確かめると彼女から背を向ける。
その瞬間には、今まで彼の顔に張り付いていた“好青年”の笑みが消えた。

クロロが広間の扉へと向かうその間にも、何度となく美しく着飾った女が意味深な視線を送ってくる。
愛想笑いを返すと女達は色めき立つ。
だが目の覚める程の絶世の美女であろうと、視線をはずした瞬間に記憶の中から捨てた。




扉から廊下へ出ると円を発動する。
今居る階の半分程を覆う彼の円。
近くに人の気配はあるが、それは警備員や使用人の気配だ。
はずいぶんと離れた場所へと行ったのか。
だが念の使い手が円の中に入ればすぐに気づく。
この建物内の念の使い手は、クロロを以外には一人だ。



「見つけた」








* * * *








「つっかれたぁ〜!」

うーんと深呼吸しながら両手を頭上に上げながら伸びをする。
背中や肩がつまっている感じがするから、相当気を使っていたのか。






「何が疲れたの?」

「うえっ!?」

気配も無く突然後ろからかけられた声に驚き、色気の欠片も無い変な声を上げてしまった。
バクバクと脈打つ心臓を抑えながら振り向くと…一体いつの間に来たのだろうか。
黒髪に額に布を巻いた青年が立っていた。


「えっ、と…あなたは…クロロさん?」

言って、はたっと今の自分の姿を思い出した。
うわぁ何て事だ。髪はぐしゃぐしゃでサンダルは脱いで素足だし…なるべく猫を被るように、とラウツから言われていたのに。


「何に疲れたの?」

「ああ聞こえて…っと、あの、どうして此処に…」

爽やかに問うクロロに何とか笑顔を作って応じるが、それはぎこちなく引きつった笑みになっていた。

「君が広間から出て行くのが見えたからね。…とゆっくり話がしたくて」

「えぇーと…アナベラさんは放っておいていいんですか?」

アナベラの態度から彼女はクロロにゾッコンラブ(死語)もし彼女にバレたら…あぁ恐ろしい。
絶対に修羅場には巻き込まれたくは無い。
早く帰れ、そう言外に含ませるもクロロには通じなかったようだ。


「何か勘違いしているみたいだけど、俺と彼女はが考えているような関係じゃないよ。彼女が俺に惚れているだけだけだから」

澄ました顔してサラリとプレイボーイ的発言を言ってくれる。

(恋人じゃないのに、あんなにイチャコラ出来るんだ…絶対タラシだ。やっぱりこの人苦手かも)

一昔前の少女漫画のような純愛120%の恋愛に憧れている、恋愛経験0ののクロロへの好感度が一気に下がった。


「あの、それで私に何かご用ですか?」

と話をしたい、って先程言わかなった?」

「話というと…?」

男性と二人きりになる事に慣れていないため、つい言葉が硬くなって身構えてしまう。
特に、クロロには挨拶を交わした時から妙な違和感を感じていたのだ。何が?と問われても答えられないが。

「ずっと気になっていたんだけど、俺と話すとき妙に構えているよね。って人見知りなの?」

「いえ、子どもの頃より姉から“口が上手い男には疑ってかかれ”と言われていますから」

「口がうまい男は女癖が悪いと思え」そう姉からよく言われていたのだ。
ニッコリ笑ってやれば、目の前の青年が始終浮かべている爽やかな笑みを一瞬引きつらせたのを目にして、内心ガッツポーズをした。


「…成る程、素晴らしい教育だね。それで、、君は何者?」

目を細め、クロロの雰囲気が鋭いものへと変わった。
笑みはそのままなのに言い訳など許さない、彼の放つオーラがそう言っている。

「さっきの動き…素人が真似出来るものじゃない」

「そんな事を言われても…私は少し普通より強い女の子です」

怪訝そうな視線を送られ、舐めていると思われたかもしれないがこれしか答えようも無い。


「そうか。では質問を変えよう。君は念能力者だよね?」

「ねん?メン?何ですかそれ?」

ねん、ねん?メン、ラーメン付け麺…それは違うジャンル。
わからないと首を傾げると、針で刺されたような痛みが身体中に痛みが走った。


「な、ん」

確認すると身体はどこも怪我を負っていない。
だが、無数の鋭い刃物を突きつけられたようなプレッシャーを感じた。
そこで気が付いたこれは殺気だ。クロロから放たれる尋常では無い殺気。
どうして?そんな疑問は口には出せない。空気の薄い高地に居るわけでも無いのに、息をするのでさえ苦しくて喘ぐように呼吸をしていた。



「“少し普通より強い”程度だったら、今意識を保ってはいられない。…もう一度聞こうか」

コツコツ、薄い笑みを浮かべたまま近づいてくるクロロに一歩後ろに下がるが、手すりに阻まれて逃げられない。


「何者だ?」

の目を見据えて再度問う。


「…っだから私は普通より少し強い、女の子だって…」

「へぇ」

口の端を吊り上げるとクロロの手が素早く動いた。は反射的にギュッと目を瞑る。
顎に指が当たるのを感じ、身構えるが衝撃も何も起きず…はゆっくりと瞼を開けると―…


「っ〜!?」

息がかかる程近く、目の前には端正なクロロの顔。
一気に熱を持つ頬を長い指で撫でられ、反射的に手すりから飛び降りそうな勢いで飛び退く。
飛び退いた勢いでバランスを崩したの腕を掴みながら、クロロはクツクツと肩を震わした。


「っく、なんてな。……冗談だよ。なかなかいい顔をしてくれたな」

冗談で殺気をむけないでほしい。
爽やかな好青年ではないもう一つの彼を見た気がした。…もしかして、こっちが素の彼かもしれない。

「なっ…最低〜!!」

からかわれた、そう理解すると頭に血が上って猫をかぶるの忘れた。というか、こんなヤツには畏まらなくて十分。

「もう、こんなの付き合ってられないっての!!」

掴まれていた手首を乱暴に振り払い、背を向けて戻ろうとしたにクロロが声をかけた。


「俺はしばらくヨークシンに居る予定なんだけど、また会えるかな?」

「っ知りませんよっ!アナベラさんに言いつけてやるから」


バタンッ!


言い放った勢いでガラス戸を閉めたため、防弾加工をしている分厚いガラス部分に数本のヒビが入る。

一人残されたクロロは肩を竦めながら、の閉めたガラス戸に視線を移した。


「普通より少し強い女の子、ね」

どこの世界に普通より少し強くて、防弾ガラスにヒビを入れられる女の子が居ると言うのか。あれは予想以上に、

「面白い女だ」

この前盗んだ古書や美術品を愛でるのに飽きたとしても、暫くの間は退屈しないですみそうだな。
まるでお気に入りの玩具を見つけた子どものようにクロロは笑った。









…To be continued.