裏通りに建つレンガ造りの古めかしい、良く言えばレトロな小さなビルの三階。
そこに入っているカントリー調で統一された、女性店主と女性アルバイト店員の2名で営業しているこじんまりとしたカフェで過ごす一時。
afternoonの誰にも邪魔をされない一人きりの、お気に入りの嫌な事も全て忘れられる至福の時間。
特に幸せなのは、窓際の席から階下を眺めながら美味しいケーキを食べ、ぼけーっと出来る事。
平日の昼間にのんびりできる何て、なぁんて幸せなんでしょう!
「おいひーぃ」
女店主の手作りレモンムースケーキを一口頬張ると、は満面の笑みを浮かべた。
レモンのさっぱりとした味が口の中に広がり、スポンジの甘さと絶妙に合っていて美味!
周りに花を散らして、モフモフ幸せそうにケーキを食べる彼女を目にして、誰が今をときめくモデル“”だと思うのか。
カラン…
店の出入り口の戸にかけられていたベルが鳴る。
だがケーキの味に浸りすぎて、は店に客が入って来たのに気付けなかった。
「随分と幸せそうに食べるんだな」
「そりゃすごい美味しいから当たり前ですよ〜」
突然かけられた背後からの声に反射的に答えて、の思考はピシッと音をたてて止まった。
低いが良く通る男の声。この声はつい最近聞いた事がある。
ケーキから目前に視線を移し、窓ガラスにうっすら映る姿に…
まさか…と呟いていた。
「……なんで?」
ゆっくり首だけ後ろへ向けたに効果音を付けるなら、錆びた鉄の軋む音だろう。
何故彼が此処に居るのだろう?事務所はの詳しいプロフィールは公にしていないし、この世界での身元を調べる材料は今のところ無いはずなのに。
ポカンと口を開けたまま停止するを見て、その黒髪の青年は口の端を上げる。
「はぁい、」
わざとらしく右手を上げ、綺麗な顔をイラッとするくらいに笑みの形に歪ませた。
…さよなら、至福の時間。
「なな、な、何で、何で…此処に居るんですか…?」
フォーク片手に動揺のあまりどもるに黒髪の男、クロロは顎に手を当ててシニカルな笑みを返す。
「そんなに驚くなよ。お前の居場所くらい調べれば分かる。俺を甘く見ないでほしいな」
悪役みたいな台詞を言き、クロロはの隣の椅子に腰を掛ける。
クロロが座るのを確認して、オーダーを聞きに来たアルバイトの女性にクロロが笑顔でコーヒーを注文すると、彼女は顔を赤らめながら何時も以上に愛らしい営業スマイルを浮かべた。
何時もクールビューティーでちょっと憧れていた彼女は、こういう胡散臭い男が好みなのか。
(こんなタラシがいいんだ…趣味悪いなぁ)
その思いが顔に出ていたのか、クロロは怪訝そうに眉を寄せる(布で額を隠していたため眉はよく見えないが、雰囲気で)。
「何だ?」
「別に」
弾かれたようにパッと急いでクロロから視線を外すと、そのまま窓の外に視線向けた。
(あぁ唯一の至福の時間が変な男に邪魔されるなんて… う〜ん、どうやってこの場から逃げよう。この前名刺貰ったし、アナベラに此処に居るって密告してやろうかしら?あーでも、修羅場に巻き込まれたりしたら怖いしなぁ〜)
「おい…」
(トイレに行くフリをして逃げるにしてもケーキを全部食べてから…)
「おいっ」
思考をバッサリと中断されて、は思いっきり嫌そうに顔を上げた。
「なんですか?ってか、あたしの名前は“おい”じゃありませんけど」
「それは失礼。だが、さっきから考えが全て口に出てるぞ」
「え〜?!」
口に出ていることに全く気付かなかったは動揺し、腰を浮かしかける。
何事かと店の奥から顔を覗かした従業員の女性と目が合い、慌てて座りなおした。
クロロはニヤリと笑うと、テーブルの上に置かれていたケーキ皿のすぐ横に手をつく。
「逃げようとしたらケーキを奪うぞ」とばかりに。
「俺がそう簡単に逃がすと思うか?」
「も〜何なんですか〜クロロさんって何者なんですか?!」
彼は本当に何者なんだろうか。この前と明らかに態度が違いすぎる。
しかも逆らうことを許さないそんな威圧感を感じ、は逃げ出すことが出来なかった。
前は紳士だったのに、今目の前にいる青年はSっ気たっぷりな気がする。
ケーキ皿を自分の方に引き寄せつつ、恥ずかしさから唇を尖らせて横を向く。
小馬鹿にされるかと思ったが、クロロの反応は意外にも、
「クスッお前は見ていて飽きないな」
嘘臭い(と見える)営業スマイルではなく、多分彼本来の笑み。
少年のような屈託の無い笑みに、不覚にもドキッとしてしまった。
(いけないいけない、この人は絶対に裏がある)
「クロロさん…何だか最初と性格が変わっていませんか?」
「そうか?お前が勝手に俺に対して幻想を抱いていただけじゃないのか?」
…どんな幻想だよ。この自意識過剰男!とツッコんでやりたかったが、恐くて止めた。チキンハート万歳。
「…今、気がつきました。クロロさんって美人だけど性格はひねくれてる」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
愉しそう笑う彼に、頭痛がしてきた気のせいでは無いだろう…
…To be continued.