時折…夢の中、それも鏡越しで会うようになった女性は自分と同じ外見をしていた。
だが彼女は全く自分とは異なっていて…
「ねぇ、貴女は誰なの?どうして其処に居るの?」
何度となくそう聞いたか。彼女はその都度寂しそうに笑うのだ。
《貴女はまだ…知らなくていいのよ。いずれ分かるから》
―と。その笑みを見る度に胸が痛くなるからもう訊ねるのは止めた。
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「でね、クロロさんって無茶苦茶な事ばっかり言うんだよ」
天と地がわからないくらい真っ暗の空間に、アンティークのゴシック調の大きな姿見が置かれている。
はその前で胡座をかいて鏡にうつる“彼女”と話していた。不思議と彼女に対して初めから警戒心は無い。
《ふぅん…で、貴女はその彼の事は好きなの?》
「すき…?」
すきって何だろう?彼女の言葉がいまいちわからなくて首を傾げると、彼女は言い直してくれた。
《ずっと一緒に居たいとか恋人にしたい、と思うの?》
「え、え〜!?そんなわけないよ〜クロロさんはドSでセクハラ大王なんだから!うー…でも…嫌い、じゃないかな」
とんでもない!と両手を顔の前でバタバタさせた後、う〜んと考え込んでしまった。
《…そう、ならいいか… …まだ、貴女は大丈夫ね》
鏡の中で彼女が悲しげに呟いた言葉は、いまだに唸っているの耳には届かなかった。
* * * *
キュッ
壁に掛けられたカレンダーに、油性マジックで×を付けてはにんまりと笑う。
今日で組まれていたスケジュールは全て終わり。ちなみに今日は雑誌の取材だったか。
その後は事務所の人達に挨拶を済ませば、一ヶ月という期限付きだが自由の身になれるのだ。
いつだって長期休業前は心が踊るもの。鼻歌混じりに朝食のトーストをかじった。
テーブルの上にはネットで予約して、先日届いたばかりの飛行船のチケットがメモスタンドに挟まっていて。
荷造りは二日前には終えてあるから、これでようやく以前から計画していた事を実行に移せる。
「では社長、明日からお休みをいただきますね」
「ああわかっている…そういう約束だったしな」
嬉しさを隠すことなく、一日中満面の笑みで過ごしていたに少し苛立ち、ラウツはズキズキ痛むこめかみを押さえた。
こちらとしては会社にとってマイナスとなる、いくつかのオファーを断り苦心して彼女のOFFの期間を作ったというのに…もう少し自重してもらいたいものだが。
「OFFの期間中は、事件に巻き込まれないように。身体に傷をつけないこと、食べ過ぎて激太りするな。絶対にスキャンダルを起こさないように。ああそうだ、常に携帯は繋がるようにして大まかな居場所くらいは俺がサラに教えろよ」
くどくどあれやこれやラウツに言われるが、全く頭の中に入った来ない。
すでに意識は久しぶりの長期休業に向いていた。
「〜1ヶ月もどこにバカンスに行くのよ」
「ファムタールシティに行こうかなって。サラさんもその間は羽を伸ばしてね」
「いやぁね〜私は仕事に決まっているじゃないの。お土産よろしくね。で、バカンスは例の彼氏と行くの?」
「はぁ?ちーがーう!だから…」
そんなんじゃ無い、そう続けようとした時、
「!!」
バターン!!
ドアを蹴破るぐらいの勢いでヤスが社長室に入って来た。その場に居た三人は何事かと目を丸くする。
「いくらお前が腕が立つとはいえ、女の子なんだ!変な男には気を付けろよ!お菓子をくれるからって付いて行くなよ。もし心配ならこの特徴催涙スプレーを…」
ヤスはどこで入手したのか、懐から紫色の怪しい催涙スプレーを取り出すとに渡そうとするが…
ツルンと手元が滑ってしまった。
プシュー!
辺り一面に広がる強烈な刺激臭。
それは、硫黄系の薬品と腐った魚をミックスしてクサヤを加えたような…例えようがない異臭で。
「ぐあぁ!?」
「ぎゃあ!?ヤス、さんさいてー!!」
スプレーの直撃を食らってしまったヤスは、両目を押さえ悶絶しながら床に転がった。
咳き込みながら慌てて窓を開けるが一向に刺激臭は薄まらない。
騒ぎに気付いた社員が何事かとやって来たが、部屋のドアを開けた途端…うっと鼻と口を押さえて後退った。
これでは社長室は二、三日使えそうもないだろう…
ラウツもサラもヤスもいい人達なんだ。
いい人達なんだけど…とにかく、みんな心配症だと思う。
…To be continued.