“NO DATA”
何度“=”と入力し、検索し直しても結果は同じ。
「電脳ページのハンター専用サイトなら大抵の事がわかる」そう聞いたのに、それはガセだったのか。いや、情報を何者かに隠されているだけ?
「ねぇ、貴女は知っているんだよね?だったら教えてよ…」
何度問いかけても答えは返ってこない事はわかっていた。
しかしそれでも問いかけを繰り返してしまう。だって、この世界には自分の存在を保証するものが、自分が今まで残した足跡がないから。…きっと彼女はこの世界での“あたし”の過去を知っているはずだから。
「どうしたらいいかわからないの…」
絞り出すように呟くとの声が震え出す。瞳が潤み徐々に充血していくのを、鏡の向こうに居る自分と瓜二つの彼女は無言のまま見つめる。
「お願い、教えて。あたしはこれからどうしたらいいの?」
−…ファムタールシティへ行きなさい−
それだけ言うと彼女は瞳を閉じた。
照明が抑えられた薄暗い室内でなお、存在感を主張している女の存在…
対するのは仕立ての良い黒スーツを身に纏い、どんな顧客に対しても仮面の笑みを常に崩さない青年。
青年は自身の顧客である女に会釈をすると、飛びっきりの営業スマイルを浮かべた。
「これはこれは、……様。いつもご贔屓にしていただき、ありがとうございます。今回はどのような物をお預かりいたしましょう」
顧客に対しても仮面の笑みを常に崩さない青年。
彼女は男を一瞥すると視線をそらした。
はっきり言ってこの男の営業スマイルに苦手意識を持っている。客のご機嫌を取るためのその笑みは…遠い昔、自分に媚びを売ってきた輩達を思い出させ虫唾が走るのだ。
だが此所のセキュリティは万全で、その点は大国の国家機密文書を保管している施設よりも信頼できる。この男は不愉快だが、一時の感情で危害を加えて繋がりを絶つわけにはいかない。
無言のまま布を巻き付けたモノを差し出すと、男は張り付けた笑顔を僅かに崩した。
「これを預かって欲しいの。貴方を信頼していないわけでは無いけれど、もちろんセキュリティは万全にしてね」
やんわりと微笑むと、心なしか男の喉が上下してゴクリと唾を飲み込むのがわかった。
「…お任せを。しかしながら…取り扱いはどのようにしたらよろしいでしょうか?手入れをしようにも、生半端な者がこちらの品を扱ったものなら恐らく正気を保ってはいられませんよ」
「手入れは心配いらないわ。それに此所はよけいな詮索はしないのがウリなのでしょう?貴方は時が来るまでこれを預かっていればいいのよ」
「畏まりました」
女が圧力を加えた言葉をサラリと受け流し、男は彼女に恭しく一礼をした。
その反応に拍子抜けしまって肩をすくめると、彼女は振り返ることなく薄暗い部屋を後にした。
銀糸の髪の残像が残る部屋の重々しい扉に書かれていた文字は…
“sare deposit=貴重品保管所”
* * * *
−…間もなく当機はファムタールシティセントラル空港へと到着いたします。着陸の際はシートベルトを装着し、席を立たないようお願いします…−
「ん…」
機内アナウンスが流れ、ぼんやりと意識が浮上する。
寝起きの脳では現在の状況が理解できずにきょろきょろと横を向いていると、隣の席に座っている人の良さそうな中年女性が「もうじき空港に着くわよ」と教えてくれて、自分が飛行船に乗っている事をやっと思い出した。
「夢…今回はいつも以上に具体的だったな」
欠伸を堪えながら先程の夢を思い出す。
彼女は、夢の中の自分は、男に何かを預けていた。
何のために何を預けたのかはわからないが、はここ最近ずっとこの夢を見続けていた。これはきっと意味のある夢…根拠は無いが、そう確信していた。
あの男に預けたのは、暗闇の空間に存在する鏡の彼女?この夢は彼女の過去?
思考はぐるぐると巡るばかりでまとまらない。まとまらない思考はいつか不安へと変わる。
本人に聞いてみたいところだが、クロロと最後に会った日以来、残念ながら彼女は夢に出てこなくなった。いつも鏡が置かれている空間へ訪れたとしても、其所にが鏡が在るだけでどんなに呼んでも探しても彼女の姿は無い。
いつの間にか、自分にとって彼女が精神安定剤のような存在になっていた事に気がついた。このまま会えないままじゃ不安が爆発しようだ。
「あっ」
飛行船が着陸態勢になり、負荷のためか身体が下に引っ張られずれたシートベルトに当たり、服の胸ポケットに入れていた携帯電話の事を思い出す。
数時間ぶりに取り出した携帯電話はメール受信を知らせるライトが点滅させていた。
「げっ…メール…全然気がつかなかった」
送り主は…ラウツにサラ…そしてクロロ。名前を確認してはあわわっと蒼くなる。が、メッセージを読んでいるうちくしゃりと破顔した。
送信者:ラウツ
【無事に着いたか?】
送信者:サラ
【元気〜?この前テレビでさーファムタールの新しいショッピングモールの特集してたのよ☆そこでリリーチの限定バックを買ってきて〜またメールするね】
送信者:クロロ
【今どこにいる?連絡しろ】
「…本当に過保護な人達だなぁ」
とくにクロロには搭乗する前にメールを送ったというのに。
飛行船が空港に着陸する頃には、不安はすっかり消えていた。
…To be continued.