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ファムタールシティは、奇抜な建物ばかり建っている。
これらのほとんどがホテル兼カジノだというから驚きだ。
砂漠の中に存在するこの都市は、元の世界で言うならラスベガス。
生まれから今まで国外へ出たことなど無かったにとって、海外の知識はメディアや海外旅行が大好きな姉から得た情報だけ。つい最近も姉はゴールデンウィークに彼氏とラスベガスに行っていたっけ。

事前にネット予約をしておいたホテルへ向かい荷物を降ろすと、マーメードラインのワンピースに着替えて、街を散策するために部屋を出た。
ギャンブル何てやったことは無いが、せっかくギャンブルが公認されている都市に来たのだから思いっきり楽しんでみるのもいい。
しかし、家の近所のパチンコにさえ入った事が無く、店の前を通りがかった時に偶然自動ドアが開いたとき一瞬見え聞こえる店内の様子にさえ眉を顰めていただったから、カジノのネオンに飾りたてられ煌びやかな建物を目の前にして、緊張の面持ちで足を踏み入れた。





ジャラジャラ…チーン!


「きゃー!大当たり!」


スロットの取り出し口からコインがジャラジャラと溢れ出てくる。
先程から大当たりを連発している事でいつの間にか、周囲には人だかりが出来ていた。

大当たりだけではなく、変装のため黒髪のウイッグを付けていたがの外見は可憐な美少女である。

そんな彼女が、頬を紅潮させて歓喜の声を上げる様は…否応無しに周囲の視線を集める要因にもなっているのだが。




「カジノって楽しいな♪」

バーの片隅で抹茶ミルク、もちろんノンアルコールを飲みながらは一人呟く。

「あっごめんね」

「いえいえ…」

隣に座ろうとした男がようやくに気づき、驚きの声を上げて一つ席を空けて座る。

(絶、しているの忘れてた)

思い出してペロリと舌を出す。
スロットが当たりすぎて目立ったためか、(ちなみに彼女は外見が目立っているとは露にも思っていない)男性、たまにグラマラスなお姉さんにやたらと声をかけられるて鬱陶しいので絶を使って気配を薄くしていたのだった。

よほど驚いたのか、こちらをチラチラ見る男の視線を感じる。
声をかけられたら嫌だしホテルへ戻ろか、そろそろ眠くなってきたし。
こう見えては規則正しい生活、早寝早起きを続けている。
欠伸を堪えて携帯のサブディスプレイを見ると、“10:00p.m.”普段ならそろそろ入浴している時間。










* * * *








トイレに寄ってからホテルに戻ろうかと用をたして、何の気なしに手を洗いながら壁一面にはめ込まれた鏡を見る。
そこには、赤い瞳、今はウイッグで黒髪だが銀糸の輝きを持って髪の女。
彼女は自分、いつの間にか鏡に映る美女が“自分”だと思えるようになっていた。
ここ数ヶ月は濃い出来事ばかりで、今では高校生だった頃の姿はぼんやりとしか思いだせない。
このままいつか本当の“”を忘れてしまいそうで、怖くなる。

「せめてプリクラか学校の身分証とか持っていたらなぁ」

ハァ、溜め息をつきながらはトイレを出た。


「止めてくださいっ」

「可愛こぶっていれば許されるわけねーだろ!」



トイレから出てすぐ店内のBGMに混じり言い争う男女の声が聞こえ、の足は当然のように声の方に向かっていた。
面倒な事、まして喧嘩に巻き込まれたくは無いが女子どもが絡まれているなら話は別。
「問題を起こすな」と言うラウツの顔が浮かんできたが、すぐにかき消した。




トイレからホールへ向かう廊下の先、座って休憩が出来るように設置されたであろうソファーの前で13歳くらいの金髪をツインテールに纏めた可愛らしい少女が男二人に取り囲まれていた。
女の子一人に男二人…怯えた表情を見せる少女に思わず眉を寄せてしまう。


「女の子一人によって集って大人が声を荒げるなんて、恥ずかしくはないんですか?」

「あー何だ?」

男達は突然割り込んできたの方を向く。大分酔っているのか、二人とも酒の臭いをプンプンさせていた。


「可愛いお姉ちゃん何か勘違いしてないか?」

「俺達は別に絡んじゃいねーよ。ただこのお嬢ちゃんに騙されてな…」

なんやかんや言い始める俺達を睨む。どんな理由であろうと、女の子に絡む男は最低だ。
警備はどうなっているんだ、そう思ったが防犯カメラの位置を確認して納得する。
少女と男達が立つ位置は防犯カメラの死角になるのだ。


「いいの?出入り禁止になるうえに、捕まるわよ?私は構わないけど、騒ぎを起こすのは得策とは言えないと思うけど」

挑発的に首を傾げながら言えば、男達は予想通りに近寄る。
男達が防犯カメラの死角から出た事にニヤリと笑うと、防犯カメラに向かって叫んだ。


「キャー!!助けて〜!!!」

「ぐっ」
「おい!止めろ!!」

慌てて俺達はの口押さえるが、彼等の行動はバッチリ警備室に伝わっている。


「お客様!大丈夫ですか?!」

すぐに駆け付けた屈強な警備員達によって、男達は連れて行かれた。
騒ぎを起こす者に対して厳しいこの都市では、良くて入店禁止、悪くてファムタールシティからの追放か。


「大丈夫?怖く無かった?」

の問いかけに少女はコクリと頷く。


「良かった…でも駄目だよ、こんな遅い時間にこんな所に居ちゃ。お母さんかお父さんは一緒じゃないの?」

背を屈めてそう言うと、一瞬少女の瞳が鋭くなった気がした。
鋭利な刃物で切られたような錯覚がして、反射的にビクリと身体を揺らしてしまう。

だが、目を瞬かせる間に少女は笑顔を戻っていた。
見間違い?いや、今の感覚は何だったのだろう。
…こんな感覚は以前味わった事があった。そう確かあれは…


「ありがとうございます。貴女…とても勇気があるのですね」

クロロと初めて会った時に感じた違和感と同じ。
何故?こんなに可愛らしい少女から?
彼女から声をかけられても、の中で戸惑いが勝りすぐには言葉を返せない。

「ああ、失礼しました。私はビスケット=クルーガーと申します」

可憐な少女は、見る者がウットリしてしまう微笑を浮かべスカートの裾をつまみながら会釈をした。








…To be continued.