世界中のセレブ御用達だという、sare deposit(貴重品保管所)は探さずともファムタールシティの中心部ですぐに見つかった。
近代的な大都市の真ん中に建つ年代的な煉瓦造りの洋館。この建物が目立たないわけない。
しかも驚く事に、重要文化財としてガイドブックにまで載っているらしい。
強固な金庫か近代的なハイテクビルをイメージしていたため、少し拍子抜けしただったが…
建物内に足を踏み入れて此所が鉄壁の要塞と言われている所以を理解した。
最新機器によるセキュリティと念と思われる結界が内部に張り巡らされて、おそらくル●ンや怪盗●ッドでもこれを突破することは不可能だろう。
コネも何も無くただ夢を頼りに此所へとやって来たは、挙動不審で警察に突き出されないか緊張の面持ちで受付カウンターへと向かったのだが…
受付カウンターの受付嬢は、が今日やって来ることを知っていたかのようにを見ると、にこやかな笑みを浮かべた。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
思いもよらない展開に呆気にとられているをよそに、彼女はあっさりと奥へ進む事を許可した。
「こちらの廊下を真っ直ぐ、突き当たりの扉までお進みください。扉の前に担当者が居ります」
受付嬢に指示された通り、人気の無い真っ直ぐに伸びる長い廊下を進む。
都市の中心に在る建物のはずなのに、此処は物音がほとんど聞こえない。ふかふかの絨毯が敷かれた廊下が足音を吸収するため、世界中に自分一人しか居なくなってしまったのではないか、と段々と不安になってくる。
床の傾斜が少しづつ下がっているようで、地下へと下っているのはわかった。
不安の中、廊下を進んで行くと、大きな扉の前に見覚えのある男が立っていた。
仕立ての良い黒スーツ、仮面の笑みを常に崩さない…夢に現れた男。
若干歳を重ねた感もあるが、外見と雰囲気はあまり変わっていない。
男はの姿を確認すると一瞬だが目を細めた。
「お待ちしておりました。様」
そう言いながら、夢と変わらない動きで恭しく一礼をした。
飛行船でみた夢は過去の出来事なのだろうか?
しかし…どんなに思い返しても“あたし”の記憶には彼の存在は無い。
「あ、あの、どうしてあたしが来ることがわかったんですか?」
男の完璧な営業スマイルに流されそうになるが、それよりも戸惑う気持ちが勝って恐る恐る聞いてみる。
「あなた様が二度いらっしゃることは、品物を預かった時の契約で決まっておりました故」
「え…?」
ごくごく当たり前の事のように言うと、紳士は目の前の重々しい扉のノブに手をかけた。
扉に金字で書かれていたのは、やはり…
“sare deposit=貴重品保管所”
ぎいぃぃ…
ばたんっ
「すごい…」
室内に入り、は息をのんだ。
広い部屋は此処が地下だとは思えない程天井が高く、高い天井まで届くほどのロッカーが設置されている。
そのほとんどに預かっている品物が入っているのだろうか。
「ただ今お持ちいたします。少々お待ちくださいませ」
男は一礼すると、ロッカーの森に消えて行った。
一人残されたはふと、手近なロッカーに触ってみたい衝動に駆られそっと腕を伸ばし…
触れる直前、至る所から感じるセキュリティーの網と部屋全体を覆っている念が強くなったのを感じて、止めた。
此処で勝手な行動をとったら、無事に地上に出て来れない気がする。
「お待たせ致しました」
「ひっ」
いつの間にか戻って来ていた男に声をかけられ、叫び声を上げそうになった。
いくら意識が別の方へ向いていたとはいえ、気配を感じられなかったなんて…やはりこの男、普通では無いということか。
バクバクと激しく脈打つ胸を押さえながら後ろを振り向くと、相変わらずの笑顔を貼り付けた男が光沢のある黒い布にくるまれた長い棒を持ち、立っていた。
「様、お待たせ致しました。こちらが品物で御座います」
「はぁ、てっ!?」
手渡された品物はズッシリと重量があり、危うく取り落としそうになった。が、じっくり品物を確認する。
触り心地が抜群にいいサテンやシルクのような上品な布にくるまれた長い棒。
布を纏めている紐を解くと、出てきたのは黒光りする鞘に納まった日本刀。
柄や鍔は細工も特に無く簡素だが、鞘から引き抜いた刀身を目にしてみればは言葉を失ってしまった。
「あ…」
現れたのは深紅の刃。
自然と動機が早くなるが、自分にはこの刀に関する記憶は無い。
だが知っている。
この刃の光、重量、鍔鳴り、…刀が切り裂く肉の感触を身体が覚えていた。
角度によりピジョン・ブラッド(鳩の血)にも漆黒にも見える刀身は、十数年ぶりに鞘から抜かれたというのに全く変わらず妖しい光を放つ。
彼女が手にしているのを見ているだけだというのに、いや、彼女が手にしているからこそ、この刀も輝きを増すのだ。
黒スーツを着込んだ男の記憶の中にある銀髪の女性と瓜二つの彼女は、暫くの間抜き身の刀を眺めると、つっと人差し指で刃を撫でた。
ポタ、ポタタ…
人差し指の創傷から滴り落ちた血によって刀身はさらに深い赤に染まる。
「様?」
顧客から預かった品の大部分の管理を任されている彼は、感情をあまり露わにしない男であったが彼女の行動に思わず声をかけてしまった。
「この刀は…」
【手入れなんか必要ないわ。だって、これを抜いて発狂しない者は私くらいだもの】
の耳に、どこからか夢の中で聞いた彼女の声が聞こえた。
そうだこの刀は、【私の】あたしの…
「あたしの、刀」
呟いた言葉は、薄暗く静かな室内にはっきりと響いた。
…To be continued.