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昼と夜ではこの都市はこんなにも見せる顔が違うのかと、驚いてしまうくらいのどかな昼下がり。
オープンカフェから見える風景は此処が砂漠の真ん中に在る、しかもカジノやギャンブルが主の観光都市だとは思えない程緑に溢れている。


流行の服を着たカップルや、いかにも金持ちそうなマダム達が談笑している様子をぼんやりと眺めながら平和だ、とは呟いた。


さん、どうしたの?」

先ほどからピーチティーをストローでかき混ぜているにビスケは小首を傾げる。

「ううん、何でもないよ。ごめんねビスケちゃん。このタルト美味しいな〜と思って」

目の前のラズベリーとブルーベリータルトをフォークでちょいちょいつつく。
このタルトの甘さ甘酸っぱさのバランスは絶妙で、タルトヨークシンにも支店を出して欲しいと思うくらい美味しい。

「うふふ、ここのタルトは有名ですから」

「誘ってくれてありがとう。最近ね仕事ばっかだったから…女の子とお茶してる何て久々だなと思って」

この世界に来て…仕事ばかりしていたため、知り合う同性は限られていた。
マネージャーのサラとは時々ご飯を食べに行くが、彼女以外はモデル仲間。表面上は仲良く出来ても、とても友人付き合いなど出来そうもない。
そのため、ビスケから「お礼にお茶でもをしませんか」と誘われた時は嬉しかった。
の言葉にビスケはニッコリと笑う。日の光に金髪がキラキラ輝いて、やっぱり可愛いなぁとも笑顔になる。

「……!」

と、笑顔を一瞬崩してビスケがほんの少し眉根をよせた。
それを見て、はようやくこちらを見詰める視線に気付く。


「ビスケちゃん、そろそろ行こうか?」

「そうですね」

会計を済ませ歩き出すと、少し離れた場所からとビスケの二人とと同じ歩幅で歩く二つの足音。


(…これは尾けられている?どうして?)

心当たりといえば、ヨークシンで何度か付け狙われてた事、それか昨夜の出来事しかない。
前者はラウツやサラが自分の情報を流すとは考えられないため、あり得ない。
残る後者だとしたら…ビスケが危険だ。

「ビスケちゃんこっち!」

ビスケの手を握ると、は尾行者を確かめるためなるべく人目に付かない裏路地へを入った。







「やっと見つけたぞ」

「もう、いい加減にしてくださいよ〜」

尾けていたのは二人の男。一人は筋肉隆々男で、着ているTシャツが身体にピッタリと張り付いて気持ち悪い。
もう一人は対照的に細身の気が弱そうな男。


「あなた達は昨日の…!?女の子をつけ回すなんて最低ですよ!!」

さん助けて」

男達の姿を確認すると、恐怖に上擦った声を上げ瞳を潤ませながらビスケがにしがみつく。

「昨日あの人達に『ロリコン趣味の金持ちに売る』って、攫われそうになったんです」

「売るって…は、何それ!?」

震える少女の細い身体を後ろに庇うと男達を思いっ切り睨む。
それを目の当たりにして男達は慌てふためいた。


「なっ!?だから俺たちはそんなんじゃないって…」

「ちょ、ちょっと待って…」

「女の敵!!問答無用ですっ!」

昨夜、カジノの警備員に連れて行かれたはずなのに、懲りない男達を警察に突き出さなければビスケが危険だ。
予測動作無く地を蹴ると、そのままの勢いで回し蹴りを繰り出した。


「くっ!」

不意打ちの蹴りを筋肉隆々男はギリギリでかわす。
まさか避けられると思っていなかったは少しだけ驚く。
男達はから間合いを空けて、顔を見合わせると諦めたように頷いた。

「…仕方ない」

「ああ、やるか」

格闘技の構えをすると、筋肉隆々男はの正面から拳と蹴りを繰り出す。
人体の急所を的確に突こうとする攻撃。
細い男との絶妙のコンビネーションと二人の粘り強さに、次第には防戦一方になっていく。


「いっ…!」

捌ききれなかった正拳突きにとっさに腕で防御するが、前腕の骨がミシリ…と軋む。
痛みに眉間に皺をよせながら、攻撃を避ける。
戦っているうちに、男達が全身を念で覆って防御している事がだんだんとわかってきた。

(打たれ強いのはこのため?)

わかったとしても、先程の攻撃で骨にヒビでも入ったのか左腕に鈍痛が走る。
このまま片手で二人を相手にするのは正直キツイ。

細身の男は筋肉隆々男の後ろへ下がると、胸の前で合掌して意識を集中する。
身体を覆っていたオーラが胸の前に集まり、野球ボール大の球状へと変化した。

「何?」

筋肉隆々男がから離れると同時に、細身の男が球状に錬られた念、念弾をに向かって投げた。
マズイ、あれはただの念弾じゃない。あれを食らったら負ける。
本能で覚るが、叩き落とそうにも素手で叩き落としたら手がどうにかなってしまいそう。
午前中に受け取った刀はホテルに置いてきている。

は舌打ちをして避けて……しまった!と振り返った。


「ビスケちゃん!!」

手を伸ばすが、間に合わない。
目を見開く少女に猛スピードで迫る念弾!


ごきゃっ!


鈍い音が響き、土煙が舞う同時に地面に穴が開いた。


「えぇ…?」


たった今見た光景が信じられなくて、伸ばした手はそのままは固まっていた。

土煙が晴れると怪我一つ無く、変わらずその場に立つ少女の姿が現れる。
男が放った念弾をが避けた後、ビスケが素手で叩き落としたのだ。
それも片手で。


「二人とも、まだまだ未熟ね」

腕組みをしながら男達を見る彼女には先程までの“可憐な少女”の面影など微塵も無い。


「そりゃ無いっすよ」

「この子をいきなりけしかけるなんて…あんまりですよ」

全身を覆っていた念を解除して、情けない声を上げながらビスケに駆け寄る男達。
あまりの変わりように理解力がついていかない。

「「師匠!!」」


「……し、師匠ぉ?」


ついにの思考が止まった。ふんぞり返るビスケを見ながら…解説者が欲しいと本気で思った。






「えーと、お二人は心源流?の人で、ビスケちゃんの弟子で…ビスケちゃんって師匠で…」

細身の男が説明してくれた事実。予想外の展開を信じられずに何度も瞬きを繰り返す。

「師匠はこう見えて実は見た目通りの年齢じゃな…」
「余計なことは言う必要ないだわさ!!」

ビスケの容赦ない一撃に、筋肉隆々男は地面にめり込んだ。

「せっかく“可愛いビスケちゃん”に成り切ってたのに〜」

可憐な美少女から一変して大の男を叱り飛ばすビスケに、どん引きのの方を向くと上から下までジロリと眺めた。


「しかし、勿体ないわね…さんってどこで体術を習ったの?自己流?それに念も使えるよね?」

「えっと…何となく?」

「何となくにしては場慣れしているよね。やたらと念の絶対量は多いみたいだし。でも…洗練されきれてないし、動きに無駄がありすぎるかな」

口元に人差し指を当てながら、ビスケはをじっくりと分析をする。

(動きに無駄…洗練されていないって当たり前だよね)

体術は完璧自己流だし、念に至ってはクロロに基礎を教わっただけである。
今までは頭で考えるより先に身体が動いていた感じだったけど、ビスケの弟子達と少し戦ってみてこれじゃ駄目だとわかった。
格闘家になるつもりは無いけど、もしもこの先ハンターとして生活するのなら戦い方の基本を覚えた方がいいだろう。
念には系統があり、得意とする能力は人によって様々だと以前クロロから聞いた。
しかしは自分の念の系統もいまいちよく分からない。
いや、念能力自体も全てはわかっていない。自分はどの系統か知って、必殺技とかあった方が…カッコイイかもしれない。

それに、休みはまだ20日以上残っている。


はゆっくりと顔を上げた。


「ビスケちゃん、ここで知り合ったのも何かのご縁だし…あたしを鍛えてください」


「はぁ?」

突然の申し出にビスケと弟子達は目を丸くする。

「えぇー?ただでさえ今はコイツ等と+αを抱えているってのに…めんどくさいだわさ」

面倒くさいという理由では諦めきれない。ばさり、ウィッグを片手で外すと銀髪がはらりと肩を滑り落ちる。
弟子の一人が「あっ!」と声を上げた。


「…私、モデルをやっているの。教えてもらうお礼に、モデルの格好いい男の人を紹介するって言ったら?」

「オッケイ!!約束よ!!」


「師匠…また悪い癖が…」

深い溜め息を吐く彼等の様子から、弟子達の苦労を何となく察してしまった。

先程のカフェで美少年アイドルグループの話で盛り上がった事から、多分彼女はジャ●ーズ系の美少年が好みだろうと推測出来た。
所属しているモデル事務所には美少年は何人かいたと思うし、丁度いい人がいなければクロロでも紹介しようか。
あの人は無駄に顔がいいし若く見えるから、大丈夫だろう。多分…


(そういえば今日はメールしてないな)

ふとそのことを思い出して、はジーンズの後ろポケットの上から携帯電話を撫でた。








…To be continued.