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見渡す限り、彼女の周囲は鬱蒼と亜熱帯植物が繁るジャングル。
こんな中に探している相手が居るとは普通ならば思わないのだろうが、長年信頼している情報屋から買った情報は間違いはない。


「仕方ない、アレを使うか」

“アレ”は神経を削るため、あまりやりたくは無いが…背に腹は代えられない。
意識を集中すると、身体を覆っているオーラが円形状に広がっていく。
広げたオーラの中に存在する生物、虫や動物の動きが手に取るようにわかった。




「見つけた」



広げた彼女のオーラから逃れるように移動した気配。
…こんなに派手に気配を撒き散らしおいて、逃れられると思っているのか。
閉じていた瞼を開くと彼女は口元を歪めた。
ターゲットはもうすぐそこ…この仕事を終えれば、ようやく家に帰れる。

「もうすぐ帰るから待っていてね…」

左手薬指にはめていた指輪を愛おしく見つめてそう呟くと、彼女は指輪に口付けを落とした。












「あっ…」

瞼を開くと同時に、瞳から涙が零れ落ちた。
起きたら喉がカラカラに渇いていて、理由がわからないままポロポロ涙が零れていく。


「なん、なんだろこの夢って…」


夢の中で彼女はオーラを広げていた。
それは不思議な感覚。でもあの感覚を自分は確かに知っている。

「また、彼女の過去を見たのかな?」

戸惑いと共には冷静に納得もしていた。
こんな事は異質なはずなのに、いろんな事があって慣れてしまっていたのか。











* * * *









風も無く静かな湖面をイメージして…意識を集中させ息を整えていく。
の身体を覆っているオーラが彼女を中心に広がっていく。
静かな湖面から薄い、卵の薄皮をイメージしてオーラ広げていくと、オーラの膜の中に存在する自分以外の生物の気配が、その動きが手に取るようにわかる。




「“円”の直径は10メートルってとこか…」

ふぅん、と腕組みしながらビスケは呟いた。

「試してみたいことがある」と言ってきたがまさかいきなり円を始めるとは思いもよらなかった。
彼女の持つ念の絶対量からいえばまだまだこんなもんじゃないだろうが、現段階ではこんなものか。
だが念の基礎を学び、使いこなせるようになれば相当な使い手になれるはず。

=…いつだったか、どっかで聞いた事がある名前なのよね。いつ、どこでだったかしら?)



「ふぅ…ビスケちゃんどうかな?」

息を吐きながら、円を解除するとは額に浮かんだ汗を拭う。

「基礎をすっ飛ばしていきなり“円”だなんて順番がおかしいださわ。でも、まー初めてにしてはなかなかだわね」

「えへへーありがとう」

照れながら素直に喜ぶ姿は可愛らしい少女に見えた。
逆に彼女より見た目はずっと屈強な男のはずの弟子二人は、情けない事に口をあんぐりと開けている。


「はぁ…すげー」

って何者だよ?」


数日前までと一緒に修行が出来る、組み手が出来るだのと喜んでいた弟子(細長い方=ペドロ、筋肉質の方=ダウ)はすっかり腰が引けてしまっていた。



「じゃあ次は二人と組み手だわさ!!昨日教えた“流”は覚えてる?」

「師匠マジッスか!?」

「流を行いながらの組み手って、俺らでも大変なのに鍛え始めたばかりのには大変じゃないですかぃ?」

“流”は念をかじった程度では使いこなせない。“纏”“絶”“練”“発”全てを複合した“硬”と“硬”で全身をガードする“堅”を使い分ける高等技。
心源流の門を叩いて十年…ペドロとダウでさえ流を使えるようになったのはほんの二年前だというのに。
ビスケから念を学び始めて数日程度のに、使いこなせるとは思えなかった。


「も〜二人とも心配症ですね。えーと流は、“堅”と“硬”の応用だっけ?」


「そう!まずはこれだけの力でやってみるだわさ」

ビッ!と人差し指を立てるとは反射的に“凝”を行う。

「50%の力?」

その答えに満足気にビスケ頷く。やはり彼女は飲み込みが早い。


「あんたたち!二人がかりで一人に負けたら承しないからね!!」

小さな身体をふんぞり返してビスケは彼等を指差すと、男二人はビクッと体を揺らした。

「はーい!よろしくお願いします」

逆には元気いっぱいに片手を上げてニッコリ笑う。
上気してほんのりピンク色の頬がくしゃりと崩れ銀髪が揺れる。


((…その笑顔は反則だって))

ペコリ と頭を下げるに、ペドロとダウは同時に同じ事を思ったという。










* * * *









「くっ!」

真正面から繰り出されたダウからのパンチを右手で受け流すと、は左手でガードが空いていたペドロの腹部を一突きした。たまらずペドロの身体が後方へと吹き飛ぶ。



「そこまで!」

ビスケの制止の声で、体制を立て直したダウと組み合おうとしたの動きが止まった。

お互い構えを解くと、ダウはガクリと膝をつく。


「はぁはぁはぁ…マジかよ…」

「そんなぁ…女の子なのに…」

先程突き飛ばされたペドロも、信じられないという思いから地面にへたり込んだままだった。

いくらが異常なくらい飲み込みが早くても、もう少しはイケるかと思っていたビスケは情けない弟子の姿に眉を吊り上げる。


「はーあんた達…ホント情けない。これじゃ明日からは地獄メニューのフルコースね!!」


「「げぇぇー!!!」」

汗だくで、疲労困憊の男二人の声が見事にハモった。




「ねービスケちゃん。私もう少しだけ練習していくね」

タオルで汗を拭きながら柔軟体操を始める。疲れているはずなのに、もっと動きたい。修行したい。この体力には自分でも驚いたが、身体を動かすのは楽しくて仕方がない。

元気の良いにビスケは珍しく苦笑いを浮かべる。

は熱心だね〜でもそろそろ日暮れだし、発はやめた方がいいさ?」

「何で?」

「これ以上の自然破壊は止めた方がいいから、さ」

首を傾げるの背後にそびえる岩山は、所々が抉れ吹き飛び歪な形になっていた。
砂漠の中で修行をしているため、環境破壊や騒音を気にする必要など無い。とはいえ、念を使いすぎるのは良いことではない。

「今日は一日中念を使いすぎだわさ。限界までやるより、ゆっくり休養するのも修行の一つだわよ?」

「そっかーわかったよビスケちゃん」


たしかに彼女の言うことはもっともだ。は素直に頷いた。








…To be continued.