確実に手足と頭を狙って放たれる鋲を、間一髪身体を捻ってかわす。
かわした拍子にバランスを崩して転びそうになるが、何とか堪えた。
ここで転んだら確実に追い着かれてしまう。
「うわっぁ」
二度飛んできた鋲も何とかかわすが、かわした鋲はコンクリートの廃ビルの壁に突き刺さる。
…鋲は固いコンクリートに半分以上埋まっていた。
どんだけの力で投げているんだよ?!
「しつこーい!!もういい加減諦めてください!!」
これ以上、誰も自分の巻き添えにしたくない思いと狩猟者から逃げるため、猛ダッシュで街の中心部から人気の無い廃墟群までやってきたのに、本当に信じられない。追ってくる相手は疲れるどことか息切れすらしていないとは。
こっちはもう息が上がってきて、脹ら脛が攣りそうだというのに。
油断すると足が縺れて転んでしまいそう。
「悪いけどこっちも仕事だから、そういうわけにはいかないんだよね」
至近距離から無感情な声が聞こえ、心臓が口から出そうになる。
走りながら首だけ動かすと…長い黒髪をなびかせた無表情の青年が直ぐ其所まで迫っていた。
* * * *
がしゃん!
先日、ビスケとタルトを食べたファムタールシティの中心部にあるお洒落なカフェ。
この日も美味しい期間限定の甘栗とサツマイモのモンブランを食べていたは、アップルティーを飲もうとしてカップを口元へ運び…取り落としてしまった。
「?」
豪快にカップを落として、テーブル一面にアップルティーをぶちまけたというのに慌てる事もなく、店内の壁に掛けられているテレビを見つめたままのにビスケが眉を寄せる。
「!」
再度名前を呼ばれ、ようやく彼女はカップを落とした事に気が付く。
「あ、ご、ごめん。大丈夫?服、汚していない?」
見ればテーブルに上はかなり悲惨な事になっていた。
せっかくのモンブランも台無しで…普段なら泣きそうなくらいショックだが、ケーキを台無しにした以上の衝撃にの思考は止まっていた。
「お客様、大丈夫ですか?」
店の奥から店員がタオルを片手に慌ててやってくるが、は店員が困惑してしまうくらい青ざめてしまっていた。
彼女の視線を追ったビスケの目に飛び込んできたのは、テレビに映し出された世界各国の出来事を伝えるニュース番組だった。
テロップにはでかでかと『爆発事件!事故かテロか!?』の文字が表示されていた。
「此所ってヨークシン?」
「そう…此所は…」
にとっては爆発事件という事実より何より、テレビに映るビルに、景色に見覚えがありすぎる。
そう、此所はほんの二週間前にほぼ毎日通っていた場所。
モデルとして仕事をしていた事務所が入っているビルが、映像では無惨な瓦礫の山となって、立ち入り禁止を示すテープやビニールシートが張られ警察官や消防関係者、記者がずらりと並んで忙しなく動き回っている。
被害者の写真と名前が画面に表示されると、の肩と手が小刻みに震え、大きく見開かれた目に涙が溜まっていく。
彼女の様子から事態を察したビスケは、彼女から視線を画面に写し控えめに聞く。
「もしかしたら、知っている人が居たの?」
「うん…事務所の、人達…何人か、亡くなったって…」
そこまで言うと、ついにの目に溜まった涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「でも、社長は何とか一命は取り留めた、みたい…」
震える手で口元を覆う。
サラとヤスは名前が出てこないことから無事だろう。
でも安堵は出来なかった。
ラウツは重傷ながら命には別状ないそうだったが、いつもにこやかでこっそりお菓子をくれた受付嬢の彼女は…美容にうるさい経理のおばちゃんは…
ニュースによると、詳しくは捜査中との事だが、爆発のあった時は工事も無かったしガス漏れ感知器も作動していなかったためガス漏れの可能性は無いという。
モデル事務所への怨恨やテロ、両面から捜査中だという。
回らない頭の引き出しに必要な情報をしまうと、は崩れ落ちるように椅子に座りこんだ。
* * * *
【おかけになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか電源が入っていない……】
プツリ
空港のロビーで飛行船を待つ間、耳に当てた携帯電話から機械的な女性の声が聞こえては溜息を一つ吐いて電話を切る。
「やっぱり繋がらないか…」
何度となくサラとヤス、ラウツにかけた電話は一度も繋がることはなかった。
彼等は大丈夫だ、そう思っても、不安は拭うことは出来ない。
何故か声が聞きたくてかけたクロロにも、電話は繋がらなくて…は急に独りぼっちになってしまった気分になってしまう。
重傷のラウツはもちろん入院中だろう。
他の事務所の皆はいろいろな対応に追われているのか。確かクロロも仕事だと言っていた。
慌ただしくて、誰も電話に出ることが出来ないのだろう。分かっていたが人間の心理というか「大丈夫だよ」と言う誰かの声を聞いて安心したかった。
不安な気持ちが顔に出ていたのか、ペドロが心配そうに見てくる。
「、やっぱり一人で行くのは危ないんじゃないっすか?」
「はは、顔に出てた?ありがとう。でも大丈夫、家に帰るだけだもん」
「師匠、、用意ができましたぜ」
搭乗時間になり、ダウに呼ばれ足下に置いていた荷物を慌てて持つと、立ち上がった。
「ありがとうねビスケちゃん、二人とも。また落ち着いたら稽古をつけてね!」
ニュースで事件を知った後、急ぎヨークシンへ帰りたかったのだが直ぐにはチケットを取れなかった。
そのため、コネを使ってチケットを取ってくれるというビスケの好意に甘えさせてもらったのだ。
「ほほほほほ、まっこの貸しはしっかり払ってもらうからね。もし変な事になったら直ぐに連絡するだわ!」
ばしん! とビスケに背中を思いっきり叩かれ、涙目になりながら激しく咳き込こむ。
力を入れたら折れてしまいそうなくらい細い体躯なのに、可憐な彼女のどこにこんな力があるのか全くわからない。
そして、ビスケの言葉の中に余計な一言が聞こえた気がしたが、これは彼女なりの励まし…そう思うことにした。
何度も振り返り、手を振りながら搭乗タラップから飛行船内へ向かうを見送ると、ビスケはやれやれと伸びをした。
全く慌ただしい娘だった。黙っていれば綺麗な外見のくせに、感情豊かでわかりやすい。
素直すぎて誰かに騙されないか心配になる。
知り合ってから日は浅いが、の背負っているものは面倒な荷物だろう予感はしていた。
ここまで肩入れをするつもりは無かったのだが、必死で泣くのを我慢していた彼女を見てつい協力をしてしまった。
「師匠、は大丈夫ですかね?」
「一人で行って、泣くことにならなきゃいいっすけど…」
しきりに心配する二人の弟子はすっかりに情が移っているのか。
「無事ってわけにはいかないだろうね。でもなら何とか乗り切るだわよ」
そうでなくちゃ困る。彼女が何者であろうとかまわないが、あの才能は惜しい。
それに…
「には頑張って、イケメンを紹介してもらわなきゃならないだわさ!!」
腰に手を当ててふんぞり返るビスケにペドロとダウはずっこけた。
…To be continued.