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行きのヨークシンシティからファムタールシティへ向かう飛行船では、はしゃぎ疲れてぐっすりと寝てしまい、あっという間に空港へ到着したのに…帰り道は一睡も出来ずに空港の滑走路が見えてくるまでの時間がひどく長く感じる。
気を紛らわすために口にした、ダウが選別だと言って買ってくれたゴデバの高級チョコレートも美味しいとは思えない。








「すいませんカレント大学病院までお願いします」

ヨークシンシティセントラル空港に着くと、ニュースとネットで得た情報を思い起こしながらタクシーでラウツが入院しているという大学病院へ向かった。
入り口の自動ドアに体当たする勢いで病院内に入ると、総合案内、外来受付を抜けて知った気配が居るかを探りながら院内を進む。
病院の奥へ進むほど、警備員と思われる厳つい男達が増えていく気がしては眉を顰めるが、ラウツはきっと事件の被害者だから身辺警護のためだとこの時は思った。

厳重な警備網を絶で誤魔化しながら、特別病室がある一角へやって来ると懐かしい気配を感じては自然と走り出す。





「ヤスさん!!」


!?お前、なんで此所に…」

突然かけられた声にヤスは振り返り、声の主を確認すると驚きで目を見開く。


「馬鹿娘!!なんで帰ってきたんだ…なんで」


「何でって、ニュースで見て、あたし心配で…」

そんな彼の動揺に気がつかない彼女は表情を安堵からくしゃりと崩すと、駆け寄って来た。
そんなに自分のことを心配してくれたのかと、ヤスは嬉しくて抱きしめたい衝動にかられたが、セクハラになるかな…いや、彼女を早くこの場から遠ざけなければという思いからそれは出来ない。

「ヤスさん?どうしたの?あっ社長や他のみんなは?」


「社長は命には別状ないさ。皆は…ニュースで知っているんだろ?」

ヤスに会えたことが嬉しくて、にこにこーとしていたの顔がみるみる暗く沈んでいく。


「うん…社長はこの病院に入院しているんでしょ?会えないかなぁ」

「面会謝絶なんだが…会いたいか?」



コクコク 勢いよく頷くに、ヤスは事件以来では初めて微笑むと、彼女の頭をぽんぽんと叩いた。

「…分かったよ…そのために帰ってきたんだったな。俺が時間を稼ぐから、少しだけな」




面会時間は5分だけという約束で、個室の前に張り付いていたスーツ姿の警備員にヤスが話しかける。
男の注意が逸れた瞬間、絶をして気配を薄くしたは音を立てないように室内へと入った。



「社長!」


気配も無く、いきなり病室に現れた(絶をしていたためラウツにはそう思えた)にラウツは驚きのあまりサイドテーブルに置いてあった花瓶を叩き落としそうになった。


!?お前、帰ってきたのか?…ここに居ては駄目だ。くっそ、ヤスは止めなかったのか?!」

「社長?どうしたの?何で駄目なの?」


先程のヤスといい、こんな態度をとられるなんてわけがわからない。なんだか冷たくされた気がして、泣きそうになってしまう。
考えていることが顔に出ているにラウツは溜息を吐く。



「…おい、そんな顔をするな。俺や皆は大丈夫だから早く此所から出るんだ。いいか、アイツ等の本当の狙いは…」



ばたばたばた 


 バタン!!


「やべぇ!社長!!奴等にバレたっ逃げろ…!」

ラウツの言葉を遮るように、室内に飛び込んで来たヤスの肩は激しく揺れていた。
同時に部屋の外が大勢の怒声と足音で騒がしくなっていく。


「へっ!?な、何?」


バタン!!


「まて…がぁっ?!」

「ここは俺が何とかするっ早く行け!!」

叫びながら、ヤスは扉を蹴破ってて侵入してきたスーツ姿の男を殴り飛ばす。
続いて部屋に侵入しようとする男を、どこからか持ってきたモップで殴りながらに向かって逃げろと二度叫んでいた。



「ヤスさん駄目だよ!私も戦う!!」

いきなりトリップしてしまい知っている人も居ない世界で、自分をこんなにも気遣ってくれた彼らを置いて逃げるなんて出来ない。
それに今の自分は無力な女子高生では無く、戦うための力があるのだから。

銃の引き金を引く前に男達に手刀を食らわせて、昏倒させながらはあることに気が付いた。男達の敵意は明らかに自分に向けられている。と、いうことは…





「もしかして…この人達はあたしを狙っている?」

それならラウツ達が早く病院から立ち去れと言っていた事もわかる。
そういえば今まで何度も命を狙われていたっけ。

ここまでされる程恨まれる覚えは無いし、狙われる理由なんてわからない。しかし、自分のせいで皆が傷付いた事がわかった以上この場に居るわけにはいかない。

鞘に入ったままの刀を振り回して、目に付く相手を昏倒させていく。
騒ぎに気付いてもナースステーションでスーツ男達に行く手を阻まれている看護士や医師達を助けると、ラウツとヤスの事を頼んでは非常口へ向かった。








「っつ!?」

鉄製の非常階段を下り始めて直ぐに風を切り裂く音が聞こえ、反射的に後ろに飛び退く。





ひゅっ





の頬すれすれをかすめて、錨が鉄骨の非常階段の柱に突き刺さる。



「へえ、避けるとはね。腕が立つとは聞いていたけど」


「だれ…?」

何時の間に?何時から其所にいたのだろうか?声をかけられるまで全く気付けなかった。普通の人よりは自分の感覚は鋭いはずなのに。

開け放たれた非常階段のドアを背に、佇んで居たのは…
女の目から見ても羨ましいくらい艶やかでシャンプーのCMに出られそうなほど、さらさらな黒髪を風になびかせた…女性と勘違いされそうな猫目の綺麗な男の人?
ただし、感情の読み取れない無表情な顔が彼の魅力を半減させている。





「君に私怨はないけど、これも仕事なんで悪く思わないでね」



カツン、カツン…



黒髪美人が近付いて来ると同時には無意識に後ずさっていた。





(怖いっ駄目だ…この人、強い!!)



殺気に耐えられず、肩に担いでいたバックを黒髪美人に投げつけると後ろを振り返らずには走りだした。







「あーあ、めんどくさいから追いかけっこはあんまり好きじゃないんだよね」

投げつけられたバックとの走り去って行った先を交互に見て、誰に対するわけでもなくポツリそう呟くと、一陣の風とともに長髪の男の姿は非常階段から消えていた。



生きるか死ぬか、にとって生まれて初めて経験する緊迫した追いかけっこが始まった―…



(こんなのってマジ有り得ないんですけどー!!??)

叫べば解放されるなら思いっ切り「有り得ない!」と叫んでやりたい。



ブーンブーン…


ジャケットのポケットの中で携帯電話が着信を知らせる振動を伝えるが、必死で走るはその事に気付け無かった。
携帯電話のディスプレイに表示されたのは…


『着信あり,クロロ=ルシルフル』








…To be continued.