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息切れとひどい動機のため胸が苦しい。
全力疾走しているため、酸素が不足してきて呼吸が苦しくなる。
このままでいたら過呼吸になってしまいそう。

足場の悪い廃ビル群の瓦礫だらけの道を疾走しているため、コンクリートの塊で脛を打ってしまい痛くてたまらないが、立ち止まったら確実にTHE END.
青痣より痛みより命の方が大事!死んでたまるか!その一念では走り続けていた。




「あたしまだ死にたくないのっ!!もーいい加減勘弁してくださいー!!」

鬼ごっこを始めてかれこれ一時間は経っているのに、息切れ一つ汗すらかいていない余裕綽々の様子の彼は本当に腹が立つ。


「叫んでばかりいると体力消耗して走れなくなるよ。君ってさ、あんまり頭良くないでしょ?」

あい変わらず一定の距離を開けて、追ってくる猫目の青年は長い黒髪を風になびかせながら淡々と失礼な事を言う。

「うるさいです!!叫んでないと緊張で転びそうなんですよぉ!!」

「じゃあ今すぐ転んでみたら?」


ふわっ


頬に風を感じたと思った瞬間、黒髪美人がの真横に現れた。
肩に青年の冷たい手が触れる。
その冷たさにゾワリと肌が粟立った。



「わぁっ!?や、やだってば!!」



ばきぃ!!



「くっ…」


ドカン!


青年の手が動く前に、は反射的に手に握りしめていた鞘に入ったままの刀で彼の頬を力一杯殴りつけていた。
殴った本人でさえ、信じられないといったように口が「あ」の形になる。思いっきりカウンターで頬に入った一撃は、黒髪美人を吹っ飛ばす。
吹き飛ばされた彼の身体は廃ビルの壁を突き破って瓦礫の山に突っ込んだらしく、一面に砂煙が上がった。

咄嗟のこととはいえ、は殴ってしまった刀と青年の吹き飛ばされた瓦礫を交互に見る。



「顔殴っちゃった…ごめんなさい…」

(せっかくの綺麗な顔なのに…腫れて無ければいいけど)


なんて呆けている場合では無い。
この隙に逃げなければ。
緊張と疲労でガクガクと震えだした膝を奮い立たして二度走りだそうとした時…ようやくは羽織っているジャケットのポケットに入れていた携帯の振動に気が付いた。





ブーンブーン




『着信、クロロ=ルシルフル』



全然気が付かなかったが、まさかずっと前からクロロから着信があった?少しだけ青ざめながら通話ボタンを押した。



「は、はいっ何ですか?」

【出るのが遅い。今どこにいる?】

出た途端、携帯電話から聞こえてきたのは予想通り不機嫌な声。
不機嫌な声なのに、少しだけいつものクロロとは声色が違っている気がして、何故か泣きそうになった。

「ヨークシンの外れの廃墟群です〜。今の今まで絶対絶命の大ピンチで電話に出られなかったんです!」

【……なるほどな。いいか、あと少しでそっちに着く。それまでなんとか生き延びていろ】


「えっ?何ですか?」

ノイズが入ったせいで途中聞き取りにくかったが、今クロロは「あと少し」と言っていなかったか?
心配してくれている…?ドSの彼が僅かだが心配してくれるなんて、珍しい事もあるものだ。久々に声を聞いたせいか、戸惑は生じずに自然と頬が緩む。




【油断するな】

クロロの声に我に返ると、未だに燻る砂煙の中から吹き飛ばした青年が体勢を立て直した気配に気づく。


「きゃあっ!」

急いでこの場から離れようとしたを目掛けて、速度を増した鋲が数本飛んでくる。
動きを封じるためだろう、足や関節部を確実に狙って放たれる鋲。


【うまくかわせよ。今お前を狙っているヤツは…】

携帯を耳に当てながら、切れ間無く次々と投げられた十数本もの鋲をかわし、あるいは刀で叩き落とす。
クロロが何やら言っているが、もはや相づちなんか打つ余裕はなかった。


「あっつぅ!?」



がしゃん


変則的な軌道で飛んできた鋲をかわしきれなくて、数本を刀で叩き落とした。が、そのうちの一本がジャケットを破り二の腕をかすめる。
鋭く尖った鋲先に肉が抉られる痛みに、たまらず携帯電話を落としてしまった。



「いた、た…えぁ?」

慌てて携帯電話を拾おうとしても指先に力が入らない。
正座を長時間したせいで、足が痺れて歩くのが大変になってしまったかのように腕が、指が動かせない。
軽く混乱していると痺れは急速に下半身にも広がってきた。


「腕、痺れてきたでしょ?こういうやり方は好きじゃないけど、いい加減俺も追いかけっこに飽きてきたからしかたないよね」

服に付いた埃をはたきながら、ゆっくりとした足取りで黒髪美人が近づいてくる。


(早く逃げなきゃ!)

頭では逃げようと思うのに、身体が動いてくれない。
出来るのは覚束無い足取りで後ろに下がる事しか無い。


「恨むなら俺じゃなくて、君を殺すように依頼したヤツを恨んでね」

「依頼?何であたしを…」

せめて何故自分が殺されなければならないのか…問うてみても美人はさあ、と首を傾げるだけ。


「君、面白いから殺すのは惜しくて待ってみたんだけど…残念ながら時間切れ。これでさよならだね」





(やだっ!…何で?来るなら早く来てよぉっクロロさんっ!!)


美人が投げた十数本の鋲がの身体を串刺しに……しなかった。












パタン


すぐ側で分厚い本を閉じる音が聞こえた。





「あれ?」


確か鋲は真正面からに向かって投げられた、はずだったのに。
いつの間にかは黒髪美人の真正面から少し斜めに居た。




(えええぇぇ???…移動した?美人が?それともあたしが?何が起きたの?)

状況を理解出来ずにぱちくりと何度も目を瞬かせるだったが、更に理解出来ない事があった。
視界を覆うようにいきなり目の前に現れたのは…黒い逆十字の背中。








「や、久しぶり。間に合ったみたいだね」



いきなりターゲットが視界から消えたというのに、特に驚きもしないで彼は片手をあげながら逆十字の背中にそう言った。









…To be continued.