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先程まで痛いくらいの鋭い殺気を放っていた長い黒髪の青年は、逆十字の背中の男と対峙するとあっさりと殺気を消した。



「間一髪間に合ったね。上手く事は済んだの?」

「ああ。イルミ、お前の依頼主だ」

そう言って逆十字の男が放り投げた包みが地面に落ちると、包みの中から ゴロリ… とスイカ大の何かが転がった。

よくは見えなかったが、それは茶色い髪をした人間の…男性の首のようだ。
一瞬マネキンか?と思ったが、首の裁断面には固まった血がこびりついていては思わず顔を顰めてしまう。



長い黒髪美人、もといイルミはチラリと生首を見るがすぐに興味を無くしたようだ。
依頼主と言ってもすでにソレはただの身体のパーツにすぎず、報酬が得られない相手。
そんなモノには彼には特に何の感情も湧かないようだ。


「ああ、確かに。これでそのコを殺る理由は無くなったよ。よかったね」

「あ、はぃぃっ?!」

助かったという安堵の思いから気が抜けてしまい、ぼけーっと二人のやりとりを眺めていただったが、急にイルミに話しかけられて変な返事をしてしまった。
無表情(に見える)のイルミにじっと見られて、何て返したらいいのか戸惑いながら逆十字の背中に視線を送る。
その視線に気が付いたのか、逆十字の男が振り返った。



振り返った男の印象は、例えるなら闇。
黒髪をオールバックにして額には十字の入れ墨…黒コートを纏った全身黒ずくめの男の瞳も漆黒で、整った綺麗な顔立ちをしているがそれが余計に彼には逆らいがたい圧力というか、冷徹な雰囲気を感じた。


(うわぁーこのお兄さん達、絶対ヤバイ世界の人だ…)

裏社会の人間。
そう思えば…今までの展開も納得できる。

「世の中コアなファンもいるらしいから十分気を付けなさいよ?ネット上にはの情報を高額で買うって人もいるらしいからねー」

の脳裏に以前サラから言われた言葉が蘇る。
この逆十字のお兄さんが正義の味方とは到底思えないし、もしかしたら自分はこのまま捕まって変態オヤジとかに売られてしまうのかもしれない。

(メイド服とか着せられちゃうのかなぁそれともセーラー服?うぅ…気持ち悪い)

変な想像をして一人顔を青くするに向かって突然男が腕を伸ばす。
意識が逸れていたため、後ずさることも抵抗することも出来ずに男に手首を掴まれてしまった。


「いたっ…」

手首を掴む手にはそう力を込められていないが、動かすと傷口がズキズキと痛む。
イルミが放った鋲が抉った腕の傷はすでに出血は止まっていたが、思った以上に深いもので引きつるような痛みがはしった。



「怪我は…まぁ大した事はないようだな」


傷口を確認すると、逆十字の男はふっと表情を崩す。
急に怖い世界の人から、親戚のお兄さんが年下の子どもに話しかけるみたいな少しだけ柔らかい雰囲気に変わって、ようやくはなるべく視線を合わせないようにしていた男の顔をしっかりと見ることが出来た。


まじまじと見詰めて、何度か瞬きを繰り返して…あれ?と、気付く。
この闇色の瞳、綺麗な顔と耳に馴染んだ低い声。自分はこの声を、彼をよく知っている気がする。
一体男性は誰なのか?
…何処かで会った事がある??
クエスチョンマークが頭を占めていった。



「あの…失礼ですが、どちらさまですか?」

「…なっ…」

「ぷっ」

雰囲気をぶち壊す発言に、逆十字の男は口元をひくつかせ、イルミは表情をほとんど変えずに吹き出した。









「…ほぅ、俺が誰だかわからないのか…」

引きつった口元を瞬時に戻すと、男は底冷えするくらい綺麗に口の端を吊り上げる。
だが彼の目元は全く笑っていない。全身から吹き出した黒いオーラを見て、はこの男が誰なのかハッキリとわかった。

まさか、この気配は…ドSの彼!?

黒い笑みを崩さない彼からとてつもなく嫌な予感を感じ、嫌な汗が出てくるが手首を掴まれているために逃げることは出来ない。


「あへっ、え、もしかしてぇ…あいだだだだぁ!!」

長い指がの頬に触れてゆっくりと人差し指で撫でたと思ったら、とんでもない力で抓ってきたのだ。


「いひゃい〜!!グロロさんっギブギブッ放して〜!!」

あまりの痛さに手足をじたばたさせるが、ドSな彼は放すどころかさらに笑みを濃くして抓る力を強める。

「俺はグロロなんて名前じゃない」

何てまあ、愉しそうなんでしょうか。久々のクロロのドSっぷりに涙が浮かんできた。
電話をかけてきてくれた時は少し嬉しかったのに。オールバックにしたクロロは、普段とあまりにも雰囲気が違いすぎるから誰だか分からなかっただけなのに。

瞳いっぱいに溜まった涙がぽろりと零れたとき、ようやくクロロはの頬と手首から手を放した。

解放されても抓られていた頬は熱を持ってじんじんと痛む。
まったく女の子の顔に傷がついてしまったらどうしてくれるんだ。

つい最近考えた念を使って治してもいいが、こんなドSに見せるのはもったいない。
どうせ暫く我慢すれば痛みは治まるのだから。



「うう…今のできっとほっぺたの皮がビローンって伸びました」

「よかったじゃないか」


頬をさするを見て冷笑を浮かべるクロロは、さながらRPGゲームの悪の大魔王を裏で操っている真の悪役(設定長いな)に見えた。涙混じりに睨んでも涼しい顔して知らんぷり。


二人のやりとりを眺めていたイルミだったが、会話が途切れると膨れっ面をしていたにとんでもない一言を言ってくれたのだ。

「なんだ君ってクロロの彼女じゃ無いの?」


えっ??…幻聴?







…To be continued.