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「はい、これ俺の連絡先。特別に殺したい相手がいたら1割引で依頼を受けるからね」

「はぁ」

手渡しされた名刺にはシンプルにイルミの携帯番号とアドレスが載せてあり、ずいぶんとフレンドリーな殺し屋なんだと思う。
無表情に慣れてしまえばクロロより話しやすいイルミだが、軽い感覚で“暗殺依頼割引”を告げる彼はやっぱり闇の世界の人なんだな、と感じてしまった。


「あと怪我させちゃったお詫びに、今度お茶でもどう?甘い物でもおごるよ」

「え、いいんですか?」


…誘ったのはただの興味。
名刺を見詰めて何やら渋い顔をしていたのに甘い物と聞くと、ぱぁっと顔を輝かせた彼女は本当に面白いな、とイルミは思った。





「おい…誰にでもほいほいついて行くな。まったくお前は警戒心が無さすぎる」


以前父親にも言われた事と同じ事を言うクロロは、いつものドS王子様ではなく本当に自分を心配してくれているのだろう。じゃなければ依頼主を連れて来る(生死は別にして)という手間までかけて助けには来ない。

ずいぶん気に入られたものだ。でも…


「…クロロさんに言われたくないもん…」

今回は素直に喜べない。
喜びたくなんかない。
相手に聞こえないほどの声で呟いた。







「なに?」


目を伏せたまま何か言ったような気がして、クロロは聞き返すが、

「あ、あたし社長やみんなが心配だからそろそろ戻ります!!」


そう言い放つと、手を振りながら慌ただしくは去って行った。










「なんだあいつ」


一瞬呆気にとられたクロロだったが、伸ばしかけた手を口元に手を当てる。
変わった女とはわかっていたが、あの慌てようは何なんだ。
こちらとしては、わざわざ依頼主を始末して助けに来てやったというのに…もう少し感謝してもらいたいものだが。



「彼女、面白いコだね。クロロが気に入るのがわかる気がするよ」


側に歩み寄って来たイルミが、彼女の後ろ姿が消えた方向を眺めながら言う。
この男がそんな事を言うなんて珍しい。

アイツは本当に危うい、いや本人が無自覚という事がタチが悪いのか。
いくら腕っぷしが強いといっても、いつか変な男に騙されるぞ絶対。
…自分にこんな庇護欲があったとは驚きだが、ふと保護者じみた事を考えてしまう。




「あとさ、クロロ」

「付いてるよ」

その一言で、ジェスチャーとアイツの態度の理由が全て理解できた。



「どうやら勘違いされたみたいだね」



「…なる程、な」

理解すると思わず笑ってしまった。成る程、こんなものを見たら大抵の女は引くだろう。
こういう事に免疫が無さそうだからなアイツなら尚更か。

(あの女、余計な真似を…)

一瞬、首筋に余計なものを付けた女に対して殺意が芽生えたが、あの女は身体の相性以上に腕の良い情報屋だ。
その能力の利用価値も高い。
それにしてもいくら少しばかり焦っていたとはいえ気が付かなかったとは…情けないな。

それよりも今の問題として、引きつった顔をして去っていったアイツの機嫌をどう取ろうか?
高価な貴金属やホテルでの食事より、人気のスイーツというエサを目の前にちらつかせてみようか。

溜め息混じりにオールバックに整えた髪を くしゃり と崩す。

何だか考えている自分が滑稽に思えた。







…To be continued.