友人から借りた漫画を夜中まで読んでいたせいで、眠たい目を擦りながらいつも通りすれ違う友人と朝の挨拶を交わしながら教室に向かう。
教室に入ろうとドアに手をかけた瞬間、中から女子の歓声に近い声が上がった。
「おはよー何?朝からテンション高いじゃん。どうしたの?」
「あっおはよ。聞いてよ〜昨日サトミがついに彼氏とさ…しちゃったんだって!」
朝っぱらから、目を輝かせながら鼻息も荒く迫ってくる友人マユミの迫力にドン引きしていると、サトミが慌ててマユミの口を押さえる。
「っちょ、ちょっとマユミ!声が大きいって」
「は?しちゃったって何を?」
彼氏と特別に“しちゃう事”なんかあるのか?
の顔にハテナマークが浮かんでいるのを見て、マユミが大袈裟に溜め息を吐いた。
「はー本当には鈍いんだから!とにかくサトミの首を見てよ」
「首〜?」
マジマジとサトミの首筋を見ると、彼女の首筋には2センチくらいの楕円形をした赤い痣がある。
鬱血した痕なのに痛くは無いと、サトミは恥ずかしそうに身を捩る。
「付けないでって言ったのに彼ったら付けるんだもん」
唇を尖らせながら言っているわりには、どこか嬉しそうに見えるのは相手が大好きな人だからだろうか?
昨日のサトミの体験談を聞いていて、“しちゃった”の意味がわかった。彼氏とチョメチョメな初体験…
なる程、時折姉の首筋に付いている同じ様な赤い痕はそう言うことだったのか(姉は相手のマーキングとか言っていた)と理解した。
この日の友人とのやりとりで、赤い痕=キスマークとは好きな相手に“この人は自分のもの!”と主張するために付けるのか…との頭にはインプットされたのだった。
がしゃーん!!
平手をくらった派手な外見の女が、テーブルに倒れ込む。衝撃で、テーブルの上に並べられたティーカップが派手な音を立てて床に落ちた。
「よくも彼に手を出したわね!!」
平手打ちをした女は普段は清楚なお嬢様風の外見なのだろうが、今や憤怒に顔を赤く染めて倒れた女をその眼力だけでどうにかしてしまいそうなくらいの迫力で睨み付けていた。
対する倒れた女は、ゆっくりと上半身を起こすと憤怒に燃える女を鼻で笑う。まるで彼女を馬鹿にするように。
「おあいにく様、私は何もしていないわよ?手を出してきたのは彼からだもの。それに彼、フフッ貴女にはほとほと愛想が尽きたって言っていたわよ」
「くっ…あんたが、あんたが彼を誘惑したに決まっているわっ!!この泥棒猫が!!」
完璧に頭に血が昇った女は、眉を吊り上げて夜叉のような形相になる。
平手打ちされ頬を少し腫らした女もようやく身を起こすと、真っ赤なヒールの高いパンプスがティーカップの破片をぱきりと踏みつけた。
「ふんっ!諦めの悪い女は嫌われるわよっ」
「何ですってぇ〜!?」
髪を振り乱しながら、男を奪われた女が奪った女に掴みかかる。
甲高い声を上げながら、女二人の取っ組み合いの喧嘩が始まった。
「ひぇ〜こわい…」
先日の一件で社長や重役が揃って入院中の為、今は何も仕事は入れていない。
この日、はのんびりと休暇の残りを過ごしていた。
他のモデル事務所や名のある会社の社長から、自分達の元で働かないかという声は多数あったが、とくに興味は湧かない。
ラウツ元以外では働く気は無いし、モデルの仕事が出来なくてもハンターの仕事をすればいい。
普段は家に居ないこの時間。
何の気なしにつけたテレビに映し出されたのは、男女関係のドロドロした昼ドラだった。
(怖いよぉ…いつかあたしもクロロさんの彼女に怒鳴られるのかもしれない…)
初めて見た昼ドラは、恋愛に疎いには刺激が強すぎて余計な事を想像してしまう。
「殺してやるっ!!」
衝撃的な台詞が聞こえ、驚いてテレビ画面に視線を戻すと、ついに彼氏を奪われた女が包丁を取り出した所で……女優のあまりの迫真の演技に背筋が寒くなる。
―ブチンッ
怖くて、見ていられなくてリモコンでテレビを消すと、はテーブルに突っ伏してしまった。
「クロロさん、彼女いるんだよね…」
怖くなって電源を切ったというのに、続きが気になって再びテレビを付ける。
彼女はクロロが好きだからキスマークを付けた。
クロロの彼女だからきっと頭も良くて、金髪で、話上手でものすごい美人に違いない。
料理も上手そうだな。勝手な想像だが、しっかりと頭の中に根付いた図式。
自分はクロロとは恋愛関係でも何でも無いけれど、電話もメールもしているし仲良くしている方だと思う。
彼女としたらはらわたが煮えくりかえるくらい苛ついているのかもしれない。
いつか彼女が乗り込んできて、昼ドラみたいな展開になったら…うぅ、考えれば考える程恐ろしい!!
ちゃんちゃかちゃ〜ん♪
一人で身悶えていると、昼ドラのエンディング曲が流れてきた。
時計を見ると時刻は13:25。約束の時間まで約1時間。移動の時間も考えて40分以内で支度をしなければ。
「はぁーこんなんじゃだめだー早く支度しなきゃ…」
のんびりしていたが、今日はこれからイルミとお茶をする約束をしていたのだ。
TaTaTaTTaTa〜♪
顔を洗おうと立ち上がった時、突然鳴り出した携帯電話に飛び上がってしまった。
この三分ク●キングのテーマの着信音は…今一番会いたくない話したくない相手、クロロ…
居留守を使うか出るか一瞬悩んだが、留守電に切り替わる直前の6コール目で電話に出た。
「もしもし…」
「俺だ」
もしもし、も無く話し始めるのはいつもの事。まぁ名前が表示されるからいいのか。
「ク、クロロさん?どうしたんですか?」
普通普通に…そう思いながら発した声は、少しだけ上擦ってしまった。
「…つい先日、世界的ホテルチェーン、ヒロトングループの元パティシエがヨークシンに店を出したんだ。
『ラプンツェル』今話題になっているから知っているだろう?そこのケーキが絶品らしい。
行ってみたいと思ったんだが、俺一人では入りづらい。そこでケーキ好きなお前も一緒にどうかと思ってな」
「『ラプンツェル』って知ってる!食べに行きたいっ、あ…駄目、今日は駄目です」
今話題の店の名前に頷きそうになったが、は慌てて言う。
「何だ?」
「今日は、その、イルミさんとお茶する約束をしていて…」
言い終わると、携帯電話越しにクロロが少し不機嫌になったような気がした。
…何か気に障る事を言ったのだろうか?眉を寄せてしまう。
「お前、イルミと連絡を取り合っているのか?」
「まぁ?時々ですけど」
「……俺も行こう」
一瞬の間の後、クロロが言った一言に耳を疑った。
まだイルミの了解も得ていないというのに、いきなり何を言っているんだこの男は。
「話題のケーキを食べてみたいしな」
「でもイルミにも聞かなきゃ…」
「待ち合わせの時間と場所は?」
「えっと2時半に中央広場の時計の前…」
「わかった」
あまりに自然に聞かれたため、馬鹿正直に答えてしまった。
あれ?と慌てた時には時すでに遅し。
クロロはきっと、電話の向こうで口角を吊り上げているに違いない。
「ちょっ、クロロさんっ!?」
「では後で」
プツ、ツーツーツー…
は呆然と通話が切れた携帯電話を見つめた。
この人って、本当に何なのだろう?
ドS王子かと思えば、やたらと過保護な反応をするし。
先日の事だってそうだ…これが世に言うツンデレなのかしら?
行動の読めない彼に、振り回されてばかりいる気がしてこめかみがズキズキしてくる。
…とりあえずイルミにはメールを送っておこう。
* * * *
そろそろ出掛けようかとジャケットに手をかけた時に、送られてきたメールを見てイルミは僅かばかり眉をひそめた。
普段あまり感情を顔に出さないため、一見すると表情に変化が無いように見えるくらいだが。
「ふぅん。本当にクロロはを気に入ってるんだ」
確かに彼女は面白いし惹き付けられる対象だと思うがクロロが念能力が、ではなく彼女自身を気に入っていてしかもまだ飽きそうも無い事も珍しい。
だが―…
「こうもあからさまに邪魔するなんてね。でも少し腹が立つな」
ポツリと呟くと、イルミはメール画面を閉じて携帯電話の電話帳を開く。
目当ての人物の電話番号を表示させると通話ボタンを押した。
…To be continued.