33

念の達人である男二人はいざ知らず、は声をかけられるまで全く気配は感じなかった。ということはこのグラマラス美人は念能力者ということになるのか。
呆気にとられているの肩に手を置くと、美人はぽってりと厚い肉感的な唇を吊り上げた。

「あら?アナタが例の…ふふっ可愛らしいお嬢さんじゃない」

「えっと、あの、どちら様で…」

例え同性といえども、至近距離で舐めるように見られる恥ずかしさから頬に熱が集中する。というか…立派な胸が背中に当たっているのですが。

その反応が気に入ったのか、美人は更に笑みを深くした。
何だか彼女の舐めるような視線がとても厭らしく感じて、じわじわ生理的な嫌悪感が生じてくる。


「あの…放してくれませんか」

勇気を出して美人に言うと、彼女はごめんなさいね、とあっさりとを解放した。
しかし、まだ距離は近いまま。

「アナタはクロロの新しい彼女なのかしら?」

「彼女?」


彼女彼女彼女…?

美人が言った言葉の意味が理解できなくて、何度も頭の中で復唱してしまった。


「違うよ」

数秒後、ようやく意味が理解出来て慌てて否定をしようとした時、イルミが美人に言う。

僅かながら安堵して、気分を落ち着かせるため紅茶を口に含む。だが、次に彼の口から出たのはとんでもない発言だった。

「このコは俺の彼女」

「ぶほっ」

「あらそうなの?」

心底愉しそうに美人は、紅茶が気管に入ってしまいゲホゲホむせると相変わらず感情の読めない表情のクロロを交互に見て、うっとりする笑みを浮かべた。

イルミは立ち上がると、美人を退かせての側に寄る。

「俺達は邪魔みたいだからそろそろ行くよ」

未だにむせているの腕を掴み立ち上がらせると、がっしり手を握り出入り口へと促す。

「じゃ、クロロ会計よろしくね」

「あっ…」

「お嬢さん、イルミじゃあまたね〜」

ひらひら手を振りながら、慣れた様子で美人がクロロの側に座るのを見て、何となく二人の関係がわかってしまった。

…グラマラスな美人はクロロにキスマークを付けた相手。


一度だけふり返るが、そのままイルミに手を引かれながら店を出る。
先程まで感じていた視線はもう気にならなくなっていた。









* * * *








イルミとが店外へと出たのを確認すると、それまで黙っていたクロロがようやく口を開いた。


「どういうつもりだ、ダーニャ」

それまで晴れていた空が太陽に雲がかかったのか陰る。
空と同じように一変して不機嫌になった相手のその声色に、ダーニャは身体の奥がゾクリと震えるのを感じた。

「此処に来れば面白いものが見れるっていう情報を貰ってね。まさかアナタのこんな姿が見れるとは思わなかったけど」

「イルミか…」


まさか泣く子も黙るA級犯罪者の幻影旅団団長が、真っ昼間からケーキを突きながら談笑しているとは…何て平和で滑稽な光景なのだろうか。
それにしても、いくら頭がきれるといってもこの男は気が付いてはいないだろう。
に向ける眼差しは普段彼が自分や女性に向けるものとは違うということを。

「彼女、素直で可愛らしいコね」

面白いくらい素直な反応はダーニャの目から見ても新鮮で可愛らしく、一目での事が気に入った。
いろいろとかまって、さんざん虐めて、顔を歪めて泣き出す顔を見たいと思う。

「それにとっても美味しそうだわ」

素直ということは、教えがいもあるということ…目の前の男やイルミが気に入っているコじゃなければ、自分好みに仕込んでみたのに残念だ。ダーニャはペロリと舌で蠱惑的な唇を舐めた。

女の嗜好を知っているクロロは眉を寄せる。


「…相変わらず節操無いな」

「あら?アナタに言われたくはないけど?私は神様がくださった快楽に従順なだけよ。快楽をくれる相手の性別は別に関係無いでしょ?」

「お前と一緒にするな。それにアイツには手をだすなよ」

仕事でもプライベートでも女関係が多いのは自分でも認めるが、クロロはバイセクシャルではないし、今まで男で試そうとしたことはない。
相手の嗜好を批判することはしないが、に手を出されるのは避けたかった。

彼女は…折角見付けた、当分飽きそうもない暇つぶしには最適の面白い女だから。


「それより、ゾルディックの彼も随分と彼女の事を気に入っているみたいね。あのコを盗られたく無かったら早いところ自分のモノにした方がいいんじゃないの?」

「…アイツはそういう対象じゃない」

ダーニャは表には出さなかったが、小馬鹿にした笑いを噛み殺した。

口ではそう言いながらも、先程から二人の出て行った出入り口ばかり見ているような男が何を言っているんだ。
冷徹な血も涙もない、この男がたった一人の女に心乱されているなんて本当に面白い。

「フフ、そんな事言って…あのコが殺されそうになったのを助けるくらい、男と二人きりにしたくないくらい気に入っているんじゃないの?」

ウエイトレスを呼び、コーヒーと木イチゴのタルトを注文をすると、ペロリと舌をだした。

「どんなに素直で可愛らしいコでも、所詮は女。いつかは変わるものよ」


愉しそうに笑みを見せるダーニャの言葉に、クロロは表情を変えることはなかった







…To be continued.