マンションの入り口でイルミと別れ、エレベーターに乗って借りている部屋の前まで来て、あたしは心臓が飛び出るくらい驚いた。
マンションの廊下に設置されている電灯の灯りが届かない暗がりに、闇と一体になっている存在に気付いたからだ。
そういえば2日くらい前に、この地域で痴漢が多発しているから気をつけろとサラとヤスに言われたばかりだったっけ。
「ち、痴漢っ!?もがっ」
反射的に叫びそうになるが、闇の中から出てきた大きな手があたしの口を塞いだ。
大きな手は思った以上力持ちさんで、振り解けないでもがもが喘いでいると背後の闇が低い声で囁くように言う。
「騒ぐなやかましい」
口を塞ぐ手に噛み付いてやろうか思ったが、聞いたことのある声とよく知った気配に全身の力が緩む。
「うにゅっ?!クニョニョしゃん?」
「ぷっくくく…誰がクニョニョだ。お前は本当に面白いヤツだよな」
口を塞がれていたのだから満足に発音出来ないっつーの。
ツボにはまったのか、クロロは一頻り笑った後、ようやくあたしを解放した。
「もー何なんですか〜?気配を消してないでくださいよ。痴漢かと思った」
「それは悪かったな」
睨んでみても効果は無い。クロロは上から下まであたしを一瞥する。
「…今まで何処に行っていた?」
「今までって…イルミといろんなお店を回っていましたよ?」
「そうか」
彼が何を考えているのかはよくわからないが、何となく表情が緩んだ様に見えたのは気のせいか。
そして今度はあたしが問う番だ。
「クロロさんは、あの女の人は…」
「アイツはただの仕事仲間だ。お前が気にすることじゃない」
気にするなと言われると余計気になるもの。
キスマークを付けられる程の仲なのに、その彼女を放って何のために此所に?と、クロロに聞こうとして、先程口を塞いでいた彼の手が冷たかった事に気が付いた。
季節は秋。昼間はまださほど寒くなくても、夜ともなれば多少は冷える。
長時間外に居れば身体は冷えてしまうだろう。
(まさかずっと待っていた?何のために…)
黙り込んでしまうと、クロロから白い四角い紙の箱を手渡された。
「これ?ケーキの箱?」
四角い箱には昼間行ったスイーツカフェ『ラプンツェル』の文字。
「ロクに食べられなかっただろ。後でゆっくり食え」
そう言って、何時もみたいにあたしの頭をポンポン撫でるのだ。
この人はどうしてこんな事をするのだろう。こんな事をしてくれなかったら、クロロに対して幻滅することも出来たのに。
…彼の目にはあたしはどんな風に映っているのだろうか。
聞いてみたいが、答えが怖くて結局聞けなかった。
…To be continued.