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PiPiPiPPi〜♪

「ん〜?」

耳元に置いていた携帯電話から軽快な着信音が流れる。

枕に顔を埋めたまま、ごそごそと片手を動かして半分寝ぼけ眼で電話に出ただったが、携帯電話から聞こえてきた久々に聞いた彼女の声に一気に目が覚めた。










携帯電話に送信されて来たメールを見ながら、は深い溜息を吐いた。
やっぱり引き受けるんじゃ無かったと思っても、依頼を引き受けると受諾してしまったのだから今更何を言っている、と言われそうだが。

送られてきたメールの内容ではどう考えても“簡単”とは思えない内容だった。
それとも彼女にとっては簡単な仕事なのだろうか?

メール画面を恨めしく思って見ていても仕方がないが、携帯電話に八つ当たりで頭突きをしてやりたくなった。

「簡単な仕事だって言ったのに、ビスケちゃんの嘘吐きぃ〜」




ビスケから電話がかかって来たのは今朝のこと。

ファムタールシティの空港でビスケと別れてからまだ10日と経っていなかったが、イルミに殺されそうになったりとまあ…
こ、告白?されたりと、いろいろあったために彼女の事がひどく懐かしくてはしゃいでさまう。


【あのさ…】

お互いの近況報告とたわいない会話を交わした後、ビスケは急に改まった声色でこの電話の“本題”に入った。


は今暇だよね?実はね、アタシの代理で仕事をして欲しいんだけど】

「仕事?どんな事をするの?」

念を教わっている間に聞いたビスケの本業はプロハンター。
ハンターライセンスを持っている事は、ビスケに伝えてあるため彼女は知っているから(取得した記憶は全く無いが)その彼女の言う仕事というのはおそらくはハンターとしての仕事だろうか。


【ヨークシンシティの真東、リュシアンシティで明後日から行われるイベント会場の警備員みたいなもので、なら簡単な仕事だと思うだわさ】

「明後日って、随分と急な話だね。しかもリュシアンシティって此所から高速飛行船で5時間もかかるし…うーん」

行ったことが無い場所には行ってみたいし興味はあったが、飛行船に5時間も乗っているなんて…耐えられないかも。

【昔馴染みから急に依頼があったのだけど、アタシは今ちょっと動けそうもないし…そんな時に同じヨルビアン大陸にが居てしかも休暇中ってことを思い出したのだわよ。
交通費宿泊費、その他諸々等は依頼主が負担してくれるしは会場に居てくれればいいから、どうか引き受けてくれないかしら?】

「イベント、コンサートとかかなぁ…簡単な仕事なら、別に今は暇だしいいよ」

仕事はあと一週間は入れていない。事務所の皆は忙しくしているし、クロロはヨークシンを離れるって言っていた。イルミも仕事が入ったらしいし、暇を持て余していたのも事実。
交通費宿泊費も出してもらえるなら、引き受けてもいいか。

【いや〜本当に助かるだわ。詳しい仕事の内容を聞いてから、またメールするだわさ】









そうしてやって来たリュシアンシティ。
空港に着いた頃、ビスケから送られて来たメール画面には今回の仕事の内容は…



『リュシアンシティで行われるファッションショーの警備』


メールを見てから思い出したが、このリュシアンシティで行われるファッションショーとは以前居た世界でいうパリコレのようなもの。

そんな大規模なショーなんて簡単な仕事のはずはない。
それに自分の正体がバレないようにしなきゃならない。もし仕事に失敗して変なことになってしまったら、ラウツ社長や事務所の人達に迷惑をかけてしまう。


ヨークシンシティはオークションのメッカであるが、このリュシアンシティはファッションのメッカ。
特に近年では世界的に有名なファッションブランドが数々創設され、最新のファッションの流行発信地となっていた。

数百年前から他の大陸との交流の窓口となって栄えてきた歴史あるこの都市は、古来より他国からの物資や風習が入り交じり発展していき、独自の文化を築いてきた。
そのため文化財となっている建物が多く立ち並んでいた。
かといって封建的でも無く、近代的な建物も文化財の存在を壊さない様に建てられている不思議な都市。

小さな港街から始まった街はポリスのような城壁都市となり、長い年月を経て増設に増設を繰り返したためとても複雑な構造になってしまい、初めて訪れた旅行者はGPS携帯でも持っていないかぎり一度は迷子になってしまうという。
初めてこの都市を訪れるもその例に漏れず…

すっかり道に迷ってしまっていた。







「中心部を目指していたのに、此所は…いったいどこだろう」

きょろきょろと辺りを見渡すが、古い煉瓦で出来た壁に囲まれた道が四方に広がっているばかりで自分が何処にいるのかも分からない。
空港周辺はとっても綺麗な街だな、という印象だったのに今迷子になっている所は、煤けた小汚い裏路地のような場所。

遠くには、目指す神殿みたいな石造りの建物の先端が見えているというのに、いつまで歩いても辿り着けない。
本当にどうしてこうも道が入り組んでいるのだろうか。

このままでは依頼主との約束の時間に間に合わなくなってしまう。それではビスケの面子を潰すことになってしまう。
うう…だんだん泣きたくなってくる。

GPS機能を使用したくとも、残念ながらの携帯電話の充電がとっくに切れてしまっていた。
旅に出るのに、充電してくるのを忘れるなんてお馬鹿すぎる。
こうなったら壁を飛び越えて進んでやろうか。
ってか、どうしてもっと早くに思い付かなかったんだろ?と、跳躍するために足に力を込めた時…


「お姉さーんどうしたの〜?泣きそうな顔しちゃってもしかして迷子?」

「えっ?」

前方の暗がりから、だぶだぶジーンズにピンクと黒ボーダーの派手なジップアップニットパーカーを着て首にはジャラジャラと鎖のネックレス。
金髪にピンクのメッシュが入った髪という、とんでもない服装の十代後半と思われる少年が笑みを浮かべながら近づいて来た。

「この街じゃ迷子になる人が多いからねー」

「俺たちが案内してやろうか?」

ピンク少年の後ろから顔を出したのは、これまただぶだぶジーンズをはいてだぶだぶパーカーのスキンヘッドの少年と、同じ様なだぶだぶな服装の今時珍しい爆発ドレットヘアで無理して髭を生やしている感じの少年。

「そうそう優しく案内してやるよ」

まるで、を値踏みするように厭らしい目で見ながらドレットヘアの少年はの退路を塞いだ。


(わー初めてこういう人達を間近で見た。ファッション最先端の街って聞いていたけど、こういう人達もいるんだー)

緊張感の欠片も無いことを考えている間に、チンピラ風の少年達に逃げられないように囲まれてしまった。


「そんな怖がらないでよ。大人しくしてくれれば痛い事はしないからさ」

黙り込んで俯いたが怯えていると勘違いしたのか、少年達はお互いの顔をしたり顔で見合う。

「あたし何で気付けなかったのかな…」

今の状態に焦る以前に、自分が情けなくなっては眉を寄せた。
初めて来た場所で迷子になったうえに、注意力が散漫になっていたとはいえ彼等に声をかけられるまで気が付かないなんて。


「大丈夫ですし、今はそんな時間が無いですから、いいです!」

顔を上げれば、怯えの色など全く無い態度が気に入らなかったのかスキンヘッドの少年が脅し目的に睨み付けてくる。

凄んでみてもチンピラ予備軍の彼等など怖くも無いのに。イルミに殺されかけた時に浴びせられた殺気に比べたら、こんなのは可愛いものだ。


「そんな事言わないで俺達と気持ちイイ事しようぜ」

「だから時間無いって…」

約束に遅刻しそうだ〜!というのに。
しつこい彼等にうんざりしてきて、強行突破しようかと物騒なことを考えてしまった。







…To be continued.