「…女の子一人に声をかけるのに男三人がかりなんて、、ずいぶんと腰抜け共なんだね」
突然、誰も居ないと思っていた少年達の後ろから凛とした若い女の声が響く。
「ぁん?」
振り返る少年達の間から見えたのは、ピンクの髪をポニーテールに括った着物の袖を無くして軽量化したような服装を纏った、小柄だが吊り目がきつい印象の美女。
彼女の姿を確認した途端、ピンク少年は口元を緩めるとポニーテールの美女にすり寄った。
「俺、気の強いお姉さんも好きだなって、えっ!?」
信じられない速さで女性に左頬を平手打ちされ、ピンクボーダー少年の顔が歪む。
彼は白目を向ていて、ガクガク痙攣をしながら膝から崩れ落ちた。
驚く程の速さで繰り出された平手には目を丸くする。
これ程の速さでは少年には彼女が何をしたのか、何が起きたのかはわからなかっただろう。
「な、なんだこの女!!」
瞬きする間も無く、女性はドレットヘアとの間合いを詰めると鳩尾を一突きした。
「がっ!」
ボキリッ、と鈍い音が聞こえたから肋骨が折れたのだろう。彼は鳩尾を押さえて悶絶して仰向けに倒れた。
「くそっ」
わけがわからないまま倒れていく仲間に、顔をひきつらせながら短く悪態吐くと、スキンヘッドの少年はジーンズの後ろポケットからバタフライナイフを取り出す。
チャキッ 女性に向かってナイフを構えるが、その瞬間、小柄な女性の身体から繰り出された横殴りの一撃で黒髪の男が呻き声も無く崩れ落ちた。
「すごーい!かっこいい!!」
少年達に対して眉一つ動かさない彼女はまさにクールビューティ。
つい頬を紅潮させて叫んでしまった。
彼女は転がる少年を跨いで傍まで近づくと、を一瞥する。
「あんた大丈夫かい?」
「はい、この通りピンピンしています。ありがとうございます」
「いや、礼には及ばないよ。ところであんたは旅行者かい?」
美女さんに聞かれて、そういえば迷子になっていた事を思い出した。
「はい、初めて此所に来たんですが…すっかり迷ってしまったみたくて」
あはははと笑うと、美女は怪訝そうな顔をする。
「一人でこの街に?いくら何でもこの辺は治安が悪い、女の子一人で来るような場所じゃないよ」
「そうですよね。さっきの怖そうなお兄さんに声をかけられて、この辺って危ない場所なのかなって思いました」
確かに薄暗くて汚い所だなーと思っていたけど、迷子になって焦っていたから、危ないとか怖いだなんて事はあまり気にならなかった。
…危機感のない答えに、呆れたのか美女は溜め息を吐く。
「…気付くの遅いよ。それで?一体何処に行こうとしていたんだ?途中まで連れて行ってやるよ」
迷路のような道を女性は迷うことなく進み…
どうして迷ってしまったのかが不思議になるくらい、あっさりと人通りの多い大通りへと抜け出る事が出来た。
「ほら、この道を真っ直ぐに進めばカーナギーホールに着くよ」
女性が指差す方向には、遠目からだったがビルの隙間から探していた“カーナギーホール”の文字とその建物らしき建築物が見える。
「ありがとうございました。これで何とか約束の時間に間に合います。っと、早く行かなきゃ」
頭を下げると慌ただしく走り出すが、途中で何度も振り返り手を振るに、急いでいるなら早く行きなよと呆れつつ、つられて手を振り返していた。
「変な子」
そう言いつつも、彼女の口元は自然と緩んでいた。
だが、走り去って行ったのはカーナギーホール。今回の仕事を思い出して彼女の顔が曇っていく。
「この建物って、まさか今の子は…」
どうか間違いであって欲しい。彼女は久しぶりに好感を持った相手だったから。
* * * *
仮宿として彼等が確保した廃ビルには、集合時間より少し遅れて着いた。いつもは時間より早く着いている彼女にしたら珍しい事。
今回の仕事に参加する彼女以外のメンバーは既に集まっていた。
「珍しいね、マチが遅刻するなんて」
「少し寄り道をしていたからね」
さすがに迷子の女の子を送っていたとは言いにくい。
肩に掛けていた荷物を床に置くと、マチは声をかけてきた金髪の男に向き直る。
「でさ、シャル今回の仕事ってさどんな内容だっけか」
「あれ、内容を聞いてなかったの?」
「…一応、確認のためだよ」
睨むマチに肩を竦めると、シャルナークは紙の束を手に説明を始めた。
「今回の仕事は、明後日から大規模に行われるファッションショーで使用される、120カラットと世界最大のダイヤモンドを中心に配置したネックレス、通称「淑女の涙」の強奪。
このネックレスに使われたダイヤは合計340カラット、総額19億ジェニー相当の価値だって話だ。
いろんな曰く付きの代物で、10年くらい前に持ち主が変死してから所在が不明になったけど、今回のファッションショーの主催者が買い取ったらしくてさ。
それをショーの中でお披露目する事になったらしい」
「それから」
フロアに無造作に置かれたソファーに腰掛けている、髪をオールバックにした黒コートの男が続ける。
「ショーの主催者であるカーナギーカンパニーの社長は有名なコレクターだ。自慢のために、その他にも数多くのコレクションを披露するつもりだろう。そのお宝全てを奪う予定だ」
「ファッションショーか…やっぱりあの子」
少し変わった、けれども綺麗な女の子だった。均整がとれたスタイルをしていたから、彼女はファッションショーに出るモデルかもしれない。
モデルで無いとしても、あの慌てぶりは関係者で間違いないだろう。
「ねぇ団長、今回の仕事も“目撃者は皆殺し”なのかい?」
「関係者の人数は多いだろうが、目撃者は全て皆殺しだ」
男の予想通りの答えにマチは思わず目を臥せる。
「そうか」
かわいそうにあの子は…いや、少しとだけでも彼女と知り合って好感を抱いてしまった自分は、
「運が悪いな」
「何?」
不思議そうに振り向いたシャルナークに、マチは何でもないと首を横に振った。
…To be continued.