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薄暗い室内で、ソファーに座るオールバックの黒コートを羽織った男は、おもむろに立ち上がるとじっとマチの顔を見る。

「…何か気になる事があるのか?」

表情に出さなくても、何事かを考えるマチの様子に気付かないほど彼等と彼女との付き合いは浅くは無い。
隠す事ではないが、話す事でも無い。どうしたものかと、マチは曖昧な笑みを浮かべた。


「マチ、会場に知り合いがいるのか?」

裸電球の明かりが届かぬ暗がりから、口元を髑髏が描かれた布で覆った黒ずくめのマチと同じくらいの背丈の男が歩み寄る。

「知り合いというか今日初めて会った名前も知らない子なんだけど、もしかしたら会場に居るかもしれなくて…」

ほんの30分しか行動を共にしていないのに、何故彼女の事を気にするのかと戸惑いながらもその理由など自分でもわからなかった。



「いつもの勘か。そいつの特徴は?」

「黒髪で赤い眼の綺麗な女の子なんだけど…」

マチの答えを聞いたオールバックの男は僅かに眉を寄せた。





【あと一週間は仕事も何もしないで、悠々自適に過ごすんですよ〜★へへっいいでしょ〜クロロさんお土産よろしくお願いします】




昨夜、彼女から来たメールにはそう書いてあったはずだ。


「まさか、な」


彼の脳天気娘がこの街に居るはずはない。
クロロはそう頭を切り替えると、仲間達に今回の仕事について指示を出した。











* * * *











「駄目駄目、関係者以外立ち入り禁止ですよ」


汗だくでカーナギーホールの裏口まで全速力で走ってきただったが、警備員に止められてしまった。
ビスケの話では今回の話は通っているはずだが…もしかしたら不審者かと思われたのか?と身構えたが、身分証としてハンター証を見せると若い警備員は低姿勢な態度へと変わった。


「ご苦労様です。ホール内を案内しましょうか?」

「いえ…大丈夫です」


が建物に入った瞬間、急に放たれた刃物のような鋭い気配。
この気配の主は、明らかに何かを意図して気配を放っている。
相当な念能力者がいるのだろう。感じない者には無害だが、同じ念能力者にしてみたら少しばかりこの圧力はキツイ。


「明後日の本番、頑張ってくださいね」

軽く頭を下げる警備員の若者に見送られながら、奥へと進むごとに鋭さが増していく圧力にだんだんと憂鬱な気分になっていく。

(もしかしたらこのプレッシャーの中、逃げないでいられるか試されているのかな?)

だとしたら依頼主はなかなか悪趣味な人物だ。年季の入った石造りの通路を進みながらは本日何度目かの溜息を吐いた。

目指すべき部屋までは案内などいらなかった。
ホール内のとある一室にプレッシャーを放つ人物と、多少の強弱があるが明らかに普通ではない気配が集まっている。彼等はおそらく念能力者、その中にはハンターもいるだろう。
それほどの強者を警備に配置しなければいけない仕事って…一体何なのだろうか。








「ここだよね」

他とは異なる雰囲気の木製の扉の前での足が止まった。ここまで来たのならウダウダ考えても仕方がない。
は深呼吸をすると、覚悟を決めて重々しい雰囲気を放つ木製の扉のノブに手をかけた。


ガチャリッ


「わっ」

手をかけると同時に何者かが扉が内側に開き、支えを無くしたはバランスを崩して室内に倒れ込みそうになってしまった。
何とか踏みとどまり顔を上げると、そこには短髪の背の高い強面の男。男はを一瞥し目を細める。
筋肉隆々、分厚い胸板、眼光鋭い風貌、全身から威圧的なオーラが立ち上る。先ほどまでの強烈な圧力は彼が放っていたのだろう。

「えっと、ビスケット=クルーガーの代理で来た者ですが…」

男の風貌から高校の皆から恐れられている体育教師を思い出してしまい、しどろもどろになりながら言う。

「身分証は?」

差し出したハンター証を手に取ると、男はをじっと見る。

…見られているだけなのに、睨まれている着がしてその迫力に落ち着かない。

「…成る程。たしかに話の通り、偽物では無いようだな。だが、約束の時間から3分の遅刻だ」

「迷ってしまって…すいません」

ぺこりと頭を下げるが、男は遅刻の理由など興味ないとばかりに室内へと視線を戻す。

同じようにも室内を見渡せば、其所には目つきの悪い男、屈強な男や見た目はごくごく普通でも醸し出すオーラは明らかに普通でない男達が20人程、室内に置かれたパイプ椅子に腰をかけたり壁に寄りかかっていた。
男達から自分に集まる好奇の視線に、反射的に部屋から逃げたくなった。

(うう…こ、怖い)

こんなにゴツイ男達に混じって警備をしなければならないのか…「やっぱり無理です」そう言って帰る事が出来ればいいのに。
しかし、扉の前にはスーツを着たマッスル教師(仮)が立ちふさがっている。
少し俯きながら男臭い室内に足を踏み入れようとするが、太くてゴツイマッスルの腕が行く手を阻んだ。


「君は…こっちだ」

「え?」


後についてくるよう促され、首を傾げながらはマッスルの後を追った。








…To be continued.