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マッスル教師(仮)についてくるように言われて、行き着いた先はロココ様式で彫り込まれた豪奢な扉。


トントン…


外見からでは想像できないくらい慎重な手つきでマッスル教師(仮)は扉をノックする。


「入りなさい」

少しハスキーな、しかしよく通る声が扉の先から聞こえ、マッスル教師(仮)は仰々しく扉を開けた。


「失礼いたします」



部屋はいかにも年代を感じさせるロココ様式の豪華な楽屋、いや来賓用の部屋で、壁紙も絨毯も豪華なものが使用されている。
先ほどの男臭い部屋とは180度以上異なる雰囲気で違った意味で逃げ出したくなった。



「連れて参りました」

室内に向かって一礼をするマッスル教師(仮)に、それまで豪華な室内にばかりに気を取られてキョロキョロしていたは、ようやく扉に背もたれを向けて置かれているソファーに座る人物に気が付いた。
姿は見えないが声からして、女性…だろうか?


「下がりなさい」

「失礼いたしました」

身を縮めてソファーに座る人物にうやうやしく礼をすると、マッスル教師(仮)は部屋を後にする。
筋肉ムキムキのマッスルが、無理矢理体を小さく縮める姿は少しだけ可愛いく見えた。



…ね?こちらへいらっしゃい」

促されておずおずとソファーに腰かける人物の横に歩み寄ると、姿を確認してはパチパチと目を瞬かせた。
女性だとばかり思っていたが、腰かけていたのは黒髪をオールバックに撫でつけた若い男。
中世の貴族みたいなヒラヒラブラウスと黒いパンツで中性的な雰囲気の彼は、一見したら宝塚の男役。

「初めまして、いやお久しぶりかしら?あら嫌だ、そんな所に突っ立っていないで座ったらどうなの」

「あの…私の事をご存知なんですか?」

発せられた声は女性としたら低く、男性としても少し高い。オネエ口調からオカマさんなのか?
それに久しぶりと言われても、自分は彼?には今初めて会ったのだ。
どこかで会ったとしても、こんなに特徴的な人物は記憶に残っているはず。


「覚えていないのかしら〜アナタとは以前会っているのだけど?そう、ヨークシンのパーティーで…ラウツと一緒にね。私が声をかけた時、丁度アナタは欠伸をしていたかしら」

は目を大きく見開く。
ヨークシンでのパーティーの時、気が緩んで欠伸をしてラウツに叱られたのだ。
でも、その時に声をかけてきたのは…

「えぇっでも、あの時声をかけてきたのは…」







『初めまして、リア=カーナギーです』




胸元と背中が縦にザックリと開いた黒いセクシーなドレスを纏った、女の目から見てもドキドキしてしまうくらいエキゾチックな美女で、間違っても宝塚ではない。

「ふふっあの時は実業家としての私。今はただのパトロン。この姿は趣味よ。わからなくても仕方ないわね。
でも、あの時からアナタの事は気に入っているのよ。初々しい割には度胸が座っているし、すぐにでもラウツの会社から引き抜いて私専属にしたいくらい、ね」

そう言われてみたら、彼女?のヒラヒラブラウスの胸元は膨らんでいる気がする。困惑するを見ながら、愉しいそうにしている彼女?に背筋が寒くなった。

「す、すいません…あの、今回あたしは会場の警備をやればいいんですよね?」

「あら?ビスケから何も聞いてないのかしら」

コクコク頷くと、リア社長は「彼女らしいわね」と溜め息を吐いた。

「今回のショーでは私がスポンサーになっているブランドの新作コレクションと、最近手に入れたばかりの“とっておきの品”をお披露目するためのものなの。
“とっておきの品”を狙っている輩は多くてね。先日、信頼できる筋から幻影旅団がコレを狙っているっていう情報を仕入れて…奴等は生半可な警備では止められない。だから私がビスケに依頼したのは“強くて見栄えするコ”その点、アナタは合格ね。
まさかがハンターだとは思ってもみなかったけど」

「幻影旅団…」

サーカス団みたいな名前はどこかで聞いた事があったが、どこだったかわからない。テレビだった気がするから、有名な犯罪者さんなんだろうか。


、アナタには明後日のショーに出てもらうわ。出演モデルに混じって、ショーに出ながら一番の宝物を身に付けて警備をしてもらうから」

思考に没頭していたため直ぐには理解出来ずに、ポカンと馬鹿みたいに口を開けてしまった。

…今、ショーに出て警備をしろって言われ無かったか?ちょっと待て、そんな事出来るわけ無い。

「えぇっ!?無理!無理です!!あたし出来ませんっ」

勢いで立ち上がりながら、わたわたと両手を振って無理だとアピールするとリア社長はSっ気たっぷりの笑みを浮かべた。
…本当に可愛い。もっと虐めてやりたくなるくらいに。

「フフフ、仕事拒否権は無いわよ?アナタが断れば…ラウツはこれから仕事をやりにくくなるでしょうからね。言っている意味はわかるでしょ?」

「…わかりました」

言葉の意味が解らないほど幼くはない。
拒否権は無い。彼女の瞳はそう物語っており、は頷くしか無かった。
…どうして自分の周りにはドS系な人々が集うのだろうか。少しだけ泣きたくなった。







…To be continued.