会場内は異様な熱気に溢れていた。
ファッション関係やマスコミ関係の500人近い招待客が招かれていたのだが、彼等の注目はやはり数十年ぶりに御披露目となる、世界最大級のダイヤが散りばめられた【淑女の涙】
「うぅ〜怖いよぉ…」
昨日は一日中ショーでの表情、歩き方、ポーズの決め方を徹底的に叩き込まれてのだが、ファッションショーに出るのはもちろん初めてなは緊張のあまり泣きそうになっていた。
約束通り、だと気付かれないようにロングのプラチナブロンドのウィッグを付け、普段とは違ったメイクをしてもらっていたため“”だと気付かれる事は無かったが。
警備のために嫌々参加しているとは露も知らないモデル達からは、あからさまに嫉妬され陰口を言われるし睨まれる。
彼女達からしたら、ポッと出の新人がリア社長に取り入ってショーに出してもらっていると思ったのだろう。
しかし、女の嫉妬は、集団になると怖い。仕事じゃなければ逃げ出したくなるくらい。
…今回の事では「ショーに出る仕事だけは絶対やらない」と心に決めた。
カーナギーホールには至る所に監視カメラと警備員が配備され、その全てがモニタールームで監視されていた。
ザ、ザァ―…
「どうした!?」
急に乱れ出した一つのモニターに室内に一時騒然となる。
「侵入者か!?」と緊張が走った。
数秒でノイズが元に戻った画面には何も異常は無く、先程と変わらず警備員達は定位置に立っているのみ。
モニターを見ていた者達はホッと胸をなで下ろした。
監視カメラ越しではわからないが、その場に行きよく見れば彼等の首は異様にねじ曲がり、口の端からは一筋血が流れていたのだ。
卓越した念の使い手で“凝”を使える者ならば見えただろう。彼等の首に巻き付いた常人では見えない念糸を。
ドサッ
呻き声一つ上げずに、ヘアメイク係机の若い男が机に突っ伏すように倒れる。
彼の後頭部に突き刺さったナイフは深く延髄に到達していた。
「警備に最新機器を使っているわりにはちょろいもんだね〜」
金髪の青年、シャルナークは楽しそうに男の後頭部からナイフを引き抜く。
部屋に設置されていた監視カメラと盗聴器はすでに、シャルナークにより細工をされておりモニタールームに届く音と映像は平和な室内そのものが流されていた。
「…やはり此処にあるのはイミテーションの様だな」
厳重な箱に収められたネックレスを冷静に分析していたクロロは無造作にイミテーションを放ると踏みつける。
バキリと音を立てて粉々になるイミテーションに目もくれず、シャルナークは携帯を取り出すとメールを打ち出した。
「予想通り本物は会場かい。会場にはフランクリンとフェイタン、シズクが向かったから直ぐに終わると思うけど」
これで当初の予定通り、会場内の招待客と関係者は皆殺しとなるだろう。そして死体も跡形もなく処理される。
もしもこの部屋に目的の【淑女の涙】があれば、皆殺しまで血を流す事は無かったろうに。
「会場には美女達がたくさんいるだろうに、フェイタンとシズクは遠慮無く殺ちゃうだろうな。勿体無いなぁ」
あーあ、とシャルナークはボヤく。
確か名のあるスーパーモデルも参加するはずだ。会場に向かったのは美女だろが容赦なく殺してしまう奴等だから。
「では急いで会場に行って、気に入った女がいたら連れて帰るか?」
「うーん止めとく。スプラッターな場面を目撃して、頭が壊れた女なんて性欲処理ぐらいしか役にたたないし」
「…まったく、あんた達は何言っているんだい」
男二人の会話に呆れながらマチは溜め息を吐く。
会場には一昨日のあの女の子はいるのだろうか。
フェイタンには彼女の外見を伝えたが、見逃すなんて事はしないだろう。
出来れば彼女は会場とは別の場所にいてほしい、マチはそう思った。
* * * *
白地の裾がふんわりと広がったワンピースを纏い、プラチナブロンドの髪も背に流したままで装飾品は淑女の涙のみというが舞台に現れると、会場からは感嘆の溜め息が漏れた。
身に着けているにしてみたら、必要異常にキラキラした重いネックレスとしか思え無いのだが…シンプルな装いのため、淑女の涙の美しさが際立っていた。
舞台裏から一歩出た時に、まず感じたのは妙な違和感。
獰猛な肉食獣が獲物を見定めて舌なめずりをした、そんな感覚がして背中が粟立つ。
だが直ぐに、世界最大級と言われいるダイヤのネックレスへの羨望の眼差しと、たかれるフラッシュの音と光に掻き消えてしまったが。
舞台の縁まで歩き、ポーズを決めて折り返ししようとしたの足が止まる。
先程感じた肉食獣の視線を強く感じたからだ。
その様子に、会場内に配備された警備員達は鋭い視線を周囲に配ると、警戒体制に入る。
招待客達も、動かないにいったい何事かとざわめき始めた。
(なに…?)
会場内の空気が波打ち、ザワザワ揺れて体に絡み付く。
これは…空気を歪ませる程の強力な念だ。
― これは危険。危険な奴等がすぐ側にいる。駄目、奴等は今の貴女では勝てない相手。
…早く、この場から…―
頭の中に響く警戒音。
同時に久しぶりに“鏡の彼女”の声が聞こえた。
「だめっ!?逃げてぇ!!」
ガルルルル!!
力いっぱい叫んだ次の瞬間、会場には銃声と一瞬遅れて悲鳴が響き渡っていた。
…To be continued.