静寂が支配する何も無い真っ暗闇の空間で少女は顔を覆って泣いていた。
その涙は体の痛みのためか、心の痛みのためか…何故泣いているのかは少女自身もわからない。
状況が理解出来ないまま、気が付くとこの空間に座り込んでいたのだ。
気配も無く、少女の背後に何者かが現れる。
彼女は少女の痛々しい姿に一瞬顔を歪め、少女の肩にそっと手を置いた。
「っ、だれ…?」
頬を引きつらせながら顔を上げる。
しかし其処に居たのがよく見知った彼女だったため、少女は戸惑いつつも警戒を解いた。
彼女は、未だに涙が溢れる少女をあやすように黒髪を優しく撫でながら言う。
「泣かないで…後は私がやってあげるから。貴女に泣かれると私も悲しくなってしまうから…」
「悲しく…?」
舌っ足らずな声で問うと彼女は微笑んだ。
「そう、だから泣かないで」
* * * *
会場であるホールには人々を絶望に叩き落とす大音量の銃声が響きわたっていた。
上半身を吹き飛ばされ、腹部からだらしなく腸を垂らした下半身だけの姿と化す者、脳髄を撒き散らして倒れる者…次々と招待客が肉片と化していく。
悲鳴を上げながら我先に逃げようと招待客達はホールの出入り口に殺到するが、彼等の脇を風のように通り抜けた黒い影によって次の瞬間には体から首が切り落とされしまうか、頭や顔を鈍器で殴られたように潰されていた。
― まさに地獄絵図 ―
その場を目撃した者は、恐怖に震えながらそう思ったことだろう。
“賊は、たったの三人ー!?”
ホールに配備されている警備員から無線連絡を受けて、会場の警備責任者に命じられているマッスル教師(仮)ことマイクはすでに回線を破壊されて砂嵐と化した警備室の全モニターの画面を凝視して、馬鹿な、と呟いた。
『うわぁぁ!!』
ホール内の状況を逐一伝えていた部下の悲鳴が耳に付けたイヤホン越しに聞こえ、マイクはぎりっと奥歯を噛み締めた。何かが床に倒れる音の後、無線からはひっきりなしに銃声と悲鳴が聞こえるのみ。
…音のみの判断だが部下は賊に殺られたか。
なんて大胆で恐ろしい奴等だろう。賊はたった三人でホール内全ての人間を殺すつもりなのか。
胸ポケットから携帯電話を取り出すと、緊急時以外は厳禁とされている主への直通電話の番号を押した。
プルルルル…
【何かしら?】
わずか1コール目で電話は繋がり、携帯電話からは主の少し不機嫌な声が聞こえた。
それも当たり前、部下からのプライベート用携帯電話への連絡といえば緊急事態しかない。
「社長、緊急事態です」
短くそれだけ伝えるが、彼女にはそれだけで十分伝わる。
【そう…手強い賊が現れるたのね】
「はい。招待客達に多数の死傷者が出ています。急ぎそちらの対応をお願いします」
【マスコミ対応や補償についてはすぐに手配をする。貴方は賊の生死は問わないから早く鎮圧しなさい】
「…お任せを。では、これから私も会場に向かいます」
電話を切ると同時に、マイクは部下に回線の復旧を指示する。
そして、自身は警備室を後にして地獄と化す会場へ向かうため走りだした。
通路の突き当たりを曲がったその時…
「っ!?」
僅かな空気の揺れを感じ、反射的に後ろへ跳んでいた。
紙一重の差で小ぶりのナイフがマイクの立っていた床に突き刺さる。
「ほぅ、少しは楽しめそうだな」
前方からゆったりとした足取りで近付いて来るのは、十字架を額に刻んだ黒コートの男。
男の暗闇を彷彿させる瞳を見た時、マイクは背中に冷たいものが走ったのを感じた。
完璧な絶…この男の気配は声をかけられるまで全く感じ無られなかったのだ。
一目で厄介な相手だということはわかった。
「…お前も賊の仲間か」
男の答えを聞く前に、問いかけたマイクの目が驚愕に大きく見開かれた。
数人の部下が居るはずの警備室から微かに悲鳴が聞こえたのだ。
振り返り、確認するとすでに部下のオーラは消えていた。
この男以外にも仲間がいたのか。しかも、こいつ等はこの建物内に居る全ての人間を皆殺しにするつもりなのか!?
「ああ、そうさ」
男がマイクに答えるように念を発動する気配を感じ、視線を戻すと男の手の中には分厚い本が出現していた。
…To be continued.