執務室の豪奢な椅子に腰掛けながら、リア=カーナギーは電話を切るのと同時に、側に控えていた秘書に“後処理”と一時間後に予定していた会合の出席をキャンセルするように命じた。
賊に襲われる事は想定内の事態。だからわざとショーに出席せずに会合を入れたのだ。
しかし、あれだけの警備網をすり抜ける事が出来る者達は限られている。
自分の想像通りならば、今会場を襲っていた賊とは―…
「幻影旅団」
キィ…
軋む音を立てながら椅子から立ち上がると、傍らに置かれていた銀製の箱から薄暗い室内でなお輝きを失わないソレを取り出す。
「さぁて、可愛い。貴女はどうするのかな?」
物陰に隠れ震えているのか。それとも全身を赤に染めながら戦うのだろうか。
クツリと微笑みながら、リアは妖しく輝くダイヤのネックレスを綺麗にネイルが塗られた指先に絡ませた。
* * * *
真横に撃ち込まれた念弾を身を捻りながら紙一重でかわす。
すぐ後ろにいた、突然の事態に動けずにいた男性の頭が弾け飛ぶ。
今まで「何とかなるさ」精神でやってきただったが、想像以上に今の状況は深刻だった。
自分のすぐ隣には『死』が待っている。
以前、イルミに殺されかけた時とは比べようがないくらい高確率の死亡フラグが立っている気がするのは、気のせいだろうか。
事態を打破するのは好き勝手に暴れている賊を倒すしかない。
だが何とかしたくとも、彼等は丸腰でかなう相手でない事はわかる。
無抵抗のまま倒れていく人達を目の当たりにして、何もできないでいる自分の力不足を感じて下唇をきつく噛むと、は未だ逃げられずにいるモデル達が居る舞台裏へと走った。
視界の端に警備員達が庇い応戦しようとして、彼等も乱射される念弾に全身から血を流し倒れていくのが見え…今更ながらじわじわ湧き上がってくる恐怖を頭を振って堪える。
シャッ!
乱暴に舞台裏の幕をくぐりると、案の定モデル達からは恐怖に引きつった短い悲鳴が上がった。
彼女達が口々に「何が起きているのか」「警備はどうなっているのか」等喚くが、相手にしている余裕は無いため全て無視する。
舞台裏の隅に隠しておいた刀を引っ張り出して、毟り取るようにウィッグを外すとハラリと銀髪が背に流れ落ちた。
…戦う事に迷ってなどいられない。せめて彼女達だけでも逃がさなければ。
「ここにずっと居ても殺されるだけ、死にたく無かったら早く逃げて!!」
言葉の最後に力を込めて怒鳴ると、それまで騒いでいた彼女達は弾かれたように立ち上がり出入り口へと向かい始める。
しかし、最初に扉に手をかけた女性が悲鳴に近い叫び声を上げた。
「ドアがっ!ロックされているみたくて、ドアが開かないのっ」
「…下がって」
取り乱す彼女を扉から退かすと、鞘から刀を引き抜いて“周”を行い赤い刀身を念で覆う。
キィンッ
金属音と共に断ち切った鍵部分が扉から外れる。少々乱暴な手段だが、これで退路は確保出来た。
「私が時間を稼ぐから、裏から出て。みんな早く逃げて!!」
取り乱していた女性が頷いたのを確認すると、はにっこりと微笑む。
それは見た者の恐怖心が緩んでしまうくらい安心できる笑み。
「大丈夫だから」
再度言い、彼女達に背を向けると次の瞬間には真剣な表情に戻る。
足早に地獄と化すホールへと戻って行った。
「た、助けてくれっ」
「え、ちょっと…っ!?」
舞台裏からホールへと出た瞬間、中年男性が脚にしがみついてきて身動きがとれなくなってしまった。
しがみつかれたままでは動けない。
申し訳ないが男性を力ずくで引き剥がそうとしてし顔を上げると、福耳にしては長すぎる耳朶をした顔中傷だらけの大男と目があってしまった。
(マズイ狙われる!)
大男はニヤリと笑うと、第一関節あたりで切り揃えて鎖でとめてある両手の指を銃口のつもりなのかに向けた。
堅で全身をガードすれば、の防御力なら傷を負うが何とかなるだろう。
だが確実にしがみついた男性は念弾に撃たれる。男性を引き剥がしても、彼は念弾に撃ち抜かれる。
迷っている時間は無かった。刀の柄を両手で握ると、衝撃で吹き飛ばされないように足に力を込めて踏ん張る。
…以前読んだ少年漫画に描かれていた「刀で銃弾を防ぐ方法」。
漫画の主人公と同じように銃弾(念弾だが)を斬る事が出来るとは思え無かったが、これしか良案は浮かばない。
(お願い耐えて!)
ドガガガガ!!
大男が念弾を放つと同時に、腕を突き出し刀を両手で円を画くように回した。
ギギィィイィン…!!
「ぐっう〜!!」
念弾が刀身に当たった衝撃で、刀を握る指と腕全体が痺れて刀を取り落としそうになる。
体が後ろに傾きそうになり、しがみついたままの男性が悲鳴を上げたが歯を食いしばり何とか堪えた。
「負けるもんかぁ〜!!どっせーいっ!!」
ドォン…!
刀を念弾を受け止め、留めたまま野球の球を打ち返す要領で大男に念弾を返した。
まさか返されると思っていなかったのだろう。
動きが遅れ、避けきれず返された念弾は大男を直撃する。
「はぁはぁ、大丈夫ですか?暫く裏に隠れて、腰が治ったら裏口から早く逃げてください」
未だに腰が抜けていて動けない男性を引きずり舞台裏へ放り投げる。
その動作だけで両腕がズキズキ痛む。
これでは明日は筋肉痛になりそうだ…明日が来ればだけど。
舞台裏から出てホールに戻ったを見て、スーツを着込み拳銃を持った男が眉を吊り上げながらやって来た。
「何をしている!お前も早く逃げろ」
返り血と自身の血でスーツを汚しながら、男は怒鳴りつける。
「そんな、戦ってる皆さんを置いて逃げるなんて出来ません!」
こうしている間にも戦う術を持たない者達は倒れ、警備員達は賊と戦い傷付いているというのに。
男は何を言っているんだとばかりに一睨みすると、の首にかかっているネックレスを指差す。
「お前はソレを護る事が最優先だ。仕事場では私情を捨てる、それがプロハンターだろ…っ!?」
そこまで言って警備員は次の言葉を続けられなくなった。
瞬くほどの間に、小柄で黒マントと髑髏模様のマスクを付けた男が目の前に現れたからだ。
福耳大男に髑髏マスク男…こんな場面じゃなければ、どんな漫才コンビだよ!と突っ込みたいところだった。
実際には突っ込む余裕も無く、男の放つ異様なオーラと獰猛な殺気に警備員との足は動かなくなってしまう。
「お前」
という獲物を捕らえた男の目は三日月状に歪む。
「ソレ、コチによこすね」」
視線の先にはの首元。男の狙いはやはりダイヤのネックレスか。
「い、や」
首を横に振りながら後ずさる。
ネックレスを渡したとしても男はを殺すだろうし、護るべき物をやすやすと渡すことはしない。
「なら首を切り落としてから奪う」
ニイ…と顔を愉悦に歪める男は、黒マントに髑髏マスクの見た目通りの変態だった。
(怖い怖い怖い…こんな変態相手に戦うなんて無理だ。…でも―…)
「どっちも嫌っ!!あたしは、まだ死にたくないの!」
卑怯かもしれないが勝つためには先手必勝。
瞬時に刀身に念を込めると、マスク男に斬撃を放った。
火事場の馬鹿力で放った一撃だったが、あっさりと男にかわされてしまう。
「なかなかやる…けど、攻撃粗だらけね」
男の姿が霞んだと思った瞬間、に向かって地を蹴る。
マントの下から伸びた腕には刀が握られていた。
…To be continued.