此処に居るのは多少の事なら驚かない者達だが、予想外の展開に口々に驚きの声が上がる。
「はぁ?コレってどういう事?」
シャルナークも思わず呟く。
じっと彼女を凝視していたクロロ以外の者が、動きを捉える前に仕掛けられた一撃。
この女はかなりの実力者だろうが、それ以前に致命傷を負って女はすでに事切れていたはずだ。
ゲームならやり直しがきくが、普通ならば生き返るなんて有り得ない事。
死体が動く念もある事は知っているが…念が発動する気配は無かった。
「お前、何ね?」
感覚を確かめるように、自分の全身をさすっていた女はペロリと舌を出す。
「…さっきの、お返し。生憎とそう簡単に死ねな躯なんでね」
不意打ちだったのに、大した傷を負わせられ無かった事に軽く舌打ちをする。
仕方がないが、久しぶりの感覚のためか痛みのためか動きが鈍い。
指先でなぞるように左胸の傷口に触れる。
動かすと引きつる痛みはあるから、斬り裂かれた内側の筋肉や血管組織はまだ繋がってはいないのだろうが外側の傷は塞がりかけていて、出血もすでに止まっていた。
傷を確かめると、女は周りを見渡してどうしたものかと考えを巡らす。
傷そのものは時間が経てば塞がる。
しかし失血量が多く、このまま動いていたら貧血で倒れてしまうだろう。
強者全員を相手に戦闘をするのは得策とは言えない。
とりあえず彼等に動揺は与えられた。
さて、あとはどう退かせるか。特に彼等の頭を退かせるのは骨が折れそうだ。
「お前は誰だ」
ワザと含みを持たせた言い回しに、頭である男が食らいついてくれて女は内心ほくそ笑んでいた。
「聞かなくとも貴方はわかっているはずじゃないかなの?…私、私は」
「違う」
クロロがキッパリと言い放つと、目の前の彼女は口の端を吊り上げて艶やかにワラう。
その笑みを目の当たりにしてクロロは顔を歪めた。
不快、だった。
『クロロさんっ』
『えへへ〜内緒ですよー』
目の前に立つ女が浮かべている、見る者を惑わす妖艶ささえ感じさせる笑みはまさに“女”そのもの。
彼の記憶にあるは、いつも顔をくしゃくしゃにして屈託の無い笑顔を相手に向ける。
人懐っこい“少女”を感じさせる笑顔を見せても“女”を感じさせる笑みは浮かべない。
彼女と同じ顔で、声で、しかし全く異なる笑みを浮かべる女に対しては不快感しか沸き上がらなかった。
「私はよ?」
「お前はじゃない」
揺らぐ事無い漆黒の瞳と十分すぎる男の言葉に、女は満足して声を上げて笑い出したくなった。
「私は、ブラックリストハンターの」
「多重人格者か」
成り行きを見守っていたシズクが「多重人格って何?」とシャルナークをつつく。
「えっと、後で説明するよ。今言ってもシズク、忘れちゃうでしょ」
「えー?」
不満げにシズクは唇を尖らせるが、シャルナークの言っていることはもっともな事だったため、それ以上不満は口に出さなかった。
黙り込んでしまった“”をクロロじっと見詰める。
“多重人格者”自分と彼女の関係をそんな簡単に纏めないでほしい。
聡いこの男ならもう少し違う解釈が出るかと思ったが…過大評価しすぎていたか。
「…少し違う。彼女は、あの子は私の良心であり憧れ。生にしがみつく事も無く、死をも恐れず享受しているような貴方にはきっとわからないでしょうけど」
だからこそ、あの真っ直ぐで世間知らずな少女の側にこの男が居るのは危険なのだ。
いつか裏切られ傷付く。
“”は、クロロに見せ付けるようにに血にまみれたネックレスを指で絡める。
「貴方達がご所望の物は此処にある。奪わなくていいのかな?」
照明と血の赤によって煌めきが増すダイヤモンドには目もくれず、クロロは“”から視線を外さない。
まるで彼女の中に自分の知るの存在を探るように。
「…アイツは生きているんだな」
「ええ。泣きじゃくっていたけど、生きてはいる。私がそう簡単には死なせないもの」
肯定の笑みを浮かべたのを確認すると、クロロはようやく“”から視線を外す。
「もしかして退いてくれるんだ?」
「もうここにいる意味は無いからな」
「…なる程」
やはりこの男は気付いていたか。
この首にかかっているダイヤモンドにはたいした価値は無いということを。
「行くぞ」
「はぁっ!?」
戸惑う仲間達に短く告げると、クロロは振り向く事無く歩き出した。
…To be continued.