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「行くぞ」


そう言ったきり問いかけに応じず、歩く速度を緩めないクロロに団員達は困惑しつつもついて行く。
こんな場合、大概クロロは思考に没頭しているか機嫌が悪いか。
今回はその両方だろう。「話しかけるな」と彼の背中が無言で主張している事は長い付き合いの中でわかっている。
わかっていたが、不可解な彼の行動にフェイタンは疑問を口にした。


「団長、なぜお宝諦めるね?」

「そうそう、あんなに欲しがってたのに知り合いが居たから諦めるってのは何だか団長らしくないよねー」


続くシズクにクロロはようやく背中越しに振り向き、団員達の説明を促す視線を確認すると溜め息混じりに足を止めた。


「アレを奪っても意味などない」

「それってまさか…」

言いたいことに感づいたシャルナークにクロロは頷く。


「あの女が身に着けていた物はイミテーションだ」

確信したのは“”が血に染まったネックレスを指で示した時。
淑女の涙は作られてから100年程経っている言わばアンティークネックレスのはずだが、その割には真新しいダイヤモンドの輝きに僅かな違和感を感じたのだ。
素人では感じ取れない微々たる違いだが、クロロの鋭い洞察力は僅かな違和感を見逃さなかった。

「精巧なイミテーションだったため、直ぐには見抜けなかったがな」

「はぁ!?」

「無駄足だったて事か」

団員から驚きの声が上がる。だが、悔しがる素振りは無く彼等が楽しそうなのはこの後の展開に期待しての事か。


「リア=カーナギーにしてやられたわけだ」

精巧なイミテーションを作り、関係者や警備員といった身内をも騙して多くの死人を出してそうしてまで護ろうとしたわけか。まあ、クロロが見破った今としたらもう意味は無いが。
余計な小細工などしなければこのホールまでの被害で済んだのに、彼女は幻影旅団に軽く喧嘩を売ったのだ。
全く持ってご愁傷様。
シャルナークは心の中で両手を合わせた。


「今回は無駄に殺しちまったな…」

「まーフランクリンいろんな宝石を奪ったし無駄足じゃないって」

ホールに居た者達を始末しながら、シズクは招待客達から宝石やら貴金属を回収していたのだ。
大きな体を丸めるフランクリンの背中を、シズクは爪先立ちをしてポンポンと叩く。

「ワタシ、あの女に腹立たしこれじゃまだ暴れ足りないね」

「そう言うな。これからもうひと暴れさせてやるさ」

不満を露わに眉間に皺を寄せるフェイタンにそう告げれば、彼の細い眼が三日月状に歪む。
これからこの都市一帯には警察による検問が敷かれるだろうが、そんなもの特に問題にならない。


血なまぐさい建物外へ出た時、ようやく警察が動き出したのかパトカーと救急車のサイレンが辺りに響き出した。
何事がと集まる野次馬達に混じり、気配を薄くして歩く一行はホールへと猛スピードで走っていくパトカーとすれ違っていく。


歩く速度を速めたマチが前を歩くクロロの横へ並ぶと、彼だけに聞こえる声で呟いた。


「団長、良かったね」

「何がだ?」

マチの言葉にクロロは視線すら動かさず答える。
先程血に染まった女がは生きている、と答えた時微かにクロロの表情が一瞬緩んだ気がしたのだ。
それはマチの勘だったが、が生きていると聞き安堵したのは自分も同じなのだ。

「いや、何でも無いよ」

それっきり二人の会話は終わった。相変わらず無表情のクロロだったが、マチの口元には笑みが浮かんでいた。













* * * *











「くっ…」

物騒な奴等がホール外へ出たのを気配で確認すると、緊張感から解放されたためか足元から力が抜けてガクリと床に膝を突いてしまった。


「…血を流しすぎたか」

普通ならば失血死してしまう量の血液を失ったのだ。意識を保っているだけでもどんどん精神力は磨り減っていく。
精神力も体力もすでに限界。
気を抜けば跳んでしまいそうな意識を下唇をキツく噛んで堪える。
下唇を噛み切ってしまったため、微かな痛みと口内には鉄錆の味が広がった。


「情けない。久しぶりだというのに」

ここで倒れてしまったら、せっかく賊を退けたというのに無駄になってしまう。
それにあの女の思惑通りになるのは癪だ。
揺らぎそうな意識を奮い立たせると、刀を杖代わりにして体を支える。


「盗み聞きはいい趣味とは思えないけど、貴女の期待通りにはいかなかったみたいね」

そう誰となく言うと、“”は護っていたはずのネックレス、淑女の涙を乱暴に引きちぎった。


「私が気が付かないと思っていたの?しかし、無視とは酷いじゃない。ずっと聞こえていたはずでしょ」


シャラリ…


”は手の中に収めたネックレスを弄りながら、二度安全な場所で聞き耳を立てているはずの相手へ皮肉混じりに言ってやった。




【…成る程。ただのお人好しかと思っていたのだけど、随分とお利口だったわけだ】

数秒間の沈黙の後、手の中のネックレスから女性の声が響き出す。
…やはり思った通り、その声は依頼主であるリア=カーナギーのもので。


「多くの者が殺されたというのに、盗聴器を仕込んで高みの見物とはいいご身分ね」

侮蔑を込めて、ネックレスを睨む。
全く持って腹ただしい。
依頼されたのが自分だったら、絶対にこんな仕事は引き受けなかった。


「彼等に奪われたコレクションには莫大な保険金をかけていたんでしょ?
一番価値のあるダイヤのネックレスは奪われずに済んだし、警備員のほとんどは単体で動く雇われ者。契約の際、「怪我や死についての責任は持たない」と契約書に明記してサインさせておけば彼等への賠償の事は気にしなくてもいい。それに…」


奪われたコレクションに保険をかけておけば、現物を奪われたとしても金銭的には被害は少なくて済む。
いや、彼女の懐に入る保険料は莫大な金額に跳ね上がるか。
雇われ警備員達は破格の報酬を提示されれば否と言わないはずだ。
小難しい事が苦手なは、長ったらしい文章が書かれていた契約書など詳しく読まないでサインをしていたが。
こんなやり方は詐欺と一緒だ。


「対外的にも彼の幻影旅団が押し入ったのなら、防ぎようもないと警察やマスコミ連中もある意味納得するわね。あ、抜かりが無い貴女ならすでに情報操作は済んでいるのかしら」

【…ご心配無く。情報操作は既に手配済みよ。まさか幻影旅団が出てくるとは思っていなかっただけよ】

「フン、白々しい。ただ逃げ出した人もいるからこれから上手く立ち回らないと大変になるでしょうね」

鋭い読みにリアは思わず感嘆の息を吐く。彼女は本当にだろうか?

【そこまで見抜いていたとは感服するわ。世間知らずでお人好しの可愛いお嬢さんかと思っていたけど、実のところはずいぶん鋭いみたいね】

「ああ、それから…旅団の団長さんは貴女の策略に気付いたみたいだから、これから身辺に気を付けた方がいいでしょうね」

あの好戦的な髑髏マスクの男は不完全燃焼だっただろうし、あっさり退いた団長の様子では間違い無く二度彼等は動くはずだ。
「出し抜けなくて残念だったね」と言えば、途端にリアの声が低くなる。


【…貴女は私を護ってくれないの?】

「それは無理な相談というもの。ここまで好き勝手されたのに何故護る必要があるのかな。それに血を流しすぎせいで、暫くは動けなくなるだろうし」

【なんだ、意外と冷たいのね】

茶化すように言うリアにフン、と鼻を鳴らす。


「私に優しさを求める方がどうかしていると思う」

優しさなど、慈愛心など、そんなものはの中に置いてきた。




その時、遠巻きにパトカーのサイレンが聞こえてきて“”は顔を上げる。
旅団員の能力でだろうが、ホール内は死体はおろか血痕すら残されていない。
こんな状態で警察が来ると何かと面倒だ。


「残念だったね」



ガシャンッ!



吐き捨てるように床にネックレスを叩きつけると、ふらつく足を引きずりながら出口へと向かった。










…To be continued.