03 // ひとりで生きたいわけじゃない

「はぁー…」


上司命令だと、無理矢理タークスの部署に呼び戻されたのだから「やってられるか!」と悪態を吐くかと思っていたツォンだったが、予想に反しての口からは溜め息しか出てこなかった。



「転職しようかなぁ…」

これを機に、就職斡旋サイトにでも登録しようか。
履歴書に“元タークス”と書けば次の就職先には困る事はないだろうし。
多少貯金もあるしこれだけこき使われたんだ、それなりに退職金も貰えるはずだから、半年くらい遊んじゃおうかな。
どんどん物騒な事を呟き出す


「…

本社へ戻って来てから自分と視線を全く合わせようとしないに、流石にツォンも珍しく申し訳なさそうに声のトーンを下げた。

「久々のOFFなのに呼び戻して悪いとは思っている」

「そうそう、こき使われまくって1年ぶりにとれたまとまった休暇だったのになー」

ぎろり、と睨めばツォンはやれやれと息を吐く。


「お前もわかっていると思うが…タークスは人手不足でな。今回はレノがこの任務にあたる予定だったが、別の任務に手こずっていてな、急遽お前に変更になった」


「…あっそう」

「これが今回の任務だ」

執務机の上に置かれているノートパソコンのキーボードを叩くツォンの指が止まり、パソコン画面をの方に向ける。
画面に表示された任務内容を見て、は目を見開いた。


「ツォン、これってさ…」

それは、ソルジャー1stと組む程の任務。
任務の内容は、兵器開発をしているという反神羅組織、アバランチの地方アジトの全滅ならびに彼等の研究している生物兵器のデータを持ち帰るというもの。
ソルジャー1stをも投入となるとかなりの危険を伴う任務。
しかし、それ以上にが引っかかったのは…


「英雄様との任務ですか」

英雄と評されるソルジャー1st、セフィロスとの任務だからだ。










***


「初めまして、よ」

「…セフィロスだ」


簡単な挨拶を済ませると、白銀のソルジャーは長い銀髪と漆黒のコートを翻して先に歩き出した。
お互い確認しなくても、任務の内容は落ち合う前に頭に入れてある。
神羅の女性社員や世の女性は英雄セフィロスに「キャーキャー」騒いでるみたいだが、とくにセフィロスと慣れ合う気など無かったは彼の態度は楽で良かった。
と言うか、こちらの意見も聞かないでどんどん先に進んでいくセフィロスに苛立ちすら感じていたのだ。
確かに、背も高いし美形だし人間とは思えないくらい強い。
立ちふさがる敵を次々斬り伏せていく姿は神がかっているし、後ろからついていくはもっぱら後方支援のみ。
が前に出なくても、このまま一人で全滅出来そうな感じなのは確か。

(あー英雄様は一人で十分、ですか。やっぱりこの人は苦手なタイプかもな…)

そんな事を思っていた時、地下施設に思えないくらい整えられた場所に出た。


「この先のようね」

「そうだな」

この先は明らかにアジトの中枢のフロア。
が扉のカードリーダロックを解除して室内に一歩足を踏み入れた瞬間、無数の銃弾が二人に放たれた。


「下がっていろ」

「っ、心配無用よ」



身の丈ほどの刀を手にセフィロスは鮮やかに敵を斬っていく。だが、さすがに敵の数が多すぎる。

データ回収も任務内容に入っているため、室内で広範囲にわたる魔法を放つ訳にはいかない。
懐から愛用のナイフを取り出しても戦闘を開始した。


「神羅に死を!」

「くっ」

粗方敵を倒した頃、物陰から現れた敵が放った銃弾が脇腹をかすめ、一瞬の顔が苦痛に歪む。
カウンターで投げたナイフが敵の心臓を貫いて男はうめき声すら漏らさず倒れた。

(油断したな…)

スーツの下には防弾ベストを着ていたが、息を吐くだけで鈍痛が走るから肋骨が折れている気がする。


「研究室はこの先のようだな」

「そうね」

しかし、前を行くセフィロスに負傷した事を知られたく無いためケアルを使って治せない。




「後は…データを回収するだけね」



研究室を守っていた男達との戦闘後、屍と化した敵の流したむせかえそうな血の臭いに脇腹の痛みが増し、自然と息が荒くなってしまう。
データ回収のために、タークス特性の携帯電話とアバランチのパソコンを繋いでいると、突然セフィロスはの腕を引いた。


「痛ぅ…」

「じっとしてろ」

腕を掴んだまま、かざされたセフィロスの片手から淡い緑色の光が放たれてを包み込む。

あたたかい光と引いていく痛みに、回復魔法をかけられている事がわかった。


「あ…ありがと」

意外なセフィロスの行動に驚きながら、初めて真っ直ぐ彼の顔を見詰める。

「…もう少し、他人を頼れ」

「え…」

まさか誰かを頼るなんて、絶対にしなそうもない男にそんな事を言われるとは…
じっと見詰めてもポーカーフェイスな男の瞳は変化はない。
衝撃には大きく目を見開くが、直ぐに猫みたいに細められ笑みに変わる。


「そうね。でも、貴方こそもう少し私を信頼して欲しいな」

茶目っ気を込めて言えば、セフィロスはフッと表情を和らげた。

「…そうだな」





ビービービー!!



お互い、相手の顔をしっかり見て笑みを浮かべた時、けたたましいサイレンが室内に鳴り響く。


「やばっウィルスの効果が切れちゃったみたい」

アジトに潜入して直ぐに、建物内に張り巡らされている回線の端末からがウィルスのデータを流してセキュリティーを麻痺させていたのだ。
セキュリティーが正常に戻れば、すぐさまアバランチ達に侵入者を知らせるだろう。




「面倒なことになったわね」

「敵の全滅も任務だ」

不敵に口の端を吊り上げるとセフィロスは扉に向かって歩きだした。
部屋の外から聞こえるのは、バタバタという無数の足音と怒声。


「10分稼いで。10分でコンピューターのセキュリティを解除してみせるから…その間の時間稼ぎをよろしく」

「ああ」

振り返らずにセフィロスは応える。
ほんの数分前とは違い、流れる銀髪と漆黒の彼の背中が頼もしく思えた。




ひとりで生きたいわけじゃない

(…たまには誰かに背中を預けてみるのもいいかも、ね)






***


英雄の意外な優しさを知って、少しだけ心を開けたみたい。