平和な世界で暮らして自分がまさかこんな生活を強いられるなんて、夢にも思っていなかった。
でも、今自分の目の前に突き付けられているのは紛れもない“現実”なのだ。
「お疲れ様。ヘンリーもお水飲む?」
「おっ、ありがとう」
朝からろくに食事も休養もとらないで岩運びの作業をしていたヘンリーに木製のコップに入った水を渡す。
今日は気温が少し高いためか彼の額は汗で薄緑色の髪が張り付いている。
あまり清潔とはいえない水を飲み干すヘンリーを見ながらは少し切ない気分になった。
確か彼は王子様、こんな場所でこんな水を飲むような身分では無い筈なのに。
「あっちにリュカがいるはずだからあいつにも水を持って行ってやってくれよ。あとさ、無茶するなよ」
「うん。ヘンリーも無茶しないでね」
無茶をするのは彼も一緒。
片手を上げて応えるとヘンリーは黙々と作業に戻っていった。
「あっ」
少し離れた場所にリュカの姿を見付けて走り出しそうになっただったが、慌てて岩の影に身を隠す。
リュカの近くには大嫌いな鞭男がいたのだ。
昨日つい反抗的な態度をとってしまい、あいつに鞭で叩かれたばかりだったから今見つかったらまた叩かれるに違いない。
岩の影に隠れながらはそっとリュカに声をかけた。
「リュカ」
「…?今日は大丈夫?」
鞭男にが見えないように自分の体で隠すとリュカは小声で問う。
「今日は水くみだから大丈夫。叩かれてないよ」
「そうか、良かった」
にっこり笑う彼の笑顔につられても笑顔になる。
いつも自分を気にかけてくれて、鞭男や兵士から何度も庇ってくれた優しい少年。
家帰りたくて泣いている時、鞭で叩かれて傷を負った時、いつも明るく励ましてくれる二人にどんななに救われていることか。
きっと二人が居なければ自分は直ぐに死んでいたと思う。
リュカとヘンリーの身に何が起きて此処にいるのかは、ゲームをプレイしたは多少なりとも知っている。
大丈夫、ゲームと同じ流れならきっと彼は脱出出来る、してほしい。
もし彼等と自分のどちらかかが死ぬとしたらまずは自分だろう。
「?」
「何でもない。作業、頑張ってね」
「ああ」
会話はほんの少しの時間だったが、リュカから笑みを向けられると不思議と、元気になれる気がする。
初恋すらまだという少女は、胸に芽生えつつあるあたたかい感情の意味を知らない。
* * * *
一日の中で作業が終わった後、就寝の時間だけが息を抜ける時間。
あたたかい淡い緑色の光が鞭男に鞭で叩かれた傷を優しい包み、徐々に痛みがひいていく。
「いつもありがとう。ごめんね」
傷口に翳していたリュカの手から淡い緑色の光が消えると、まだ赤い痕は残るものの傷はほとんど癒えていた。
「謝らなくていいって。でももう無茶はしないでくれよ」
眉を寄せるリュカにはごめんとさらに謝る。
昼間の作業中、お婆さんに「役立たずが!」と鞭を振り上げた鞭男に石を投げつけてやったのだ。
もちろんその後、彼女が鞭男の標的にされたのは言うまでもない。
「まったく、いつまで経ってもお前は反抗的だな」
「あれ?ヘンリー、鞭男の頭に石を落としたのは誰だっけ?」
傷をさすりながらがじろりと睨むとヘンリーは苦笑いを浮かべた。
「あれは事故だって。たまたま下にいたアイツが運が悪かったんだって」
「事故であんなに上手く頭に命中するかな。ねぇリュカ、アイツ石に直撃されて完全に伸びてたよね」
「あの後笑った俺とも同罪だって、三人揃って懲罰房行きだったけどね」
痛い思いをしたが三人揃えば笑い話になってしまうから不思議だ。
「あ、そうだ!ねぇリュカ、私も魔法を使えるようになるかな?」
「魔法を?急にどうしたの?」
「んー使えたらいいなって思って。ヘンリーは一応使えるんでしょ?」
「まーな、俺一応王族だし。剣術と一緒に基礎は学んでたからな」
子どもの頃を思い出したのか、ヘンリーは少し寂しそうな表情で頷く。
「私だけ何も出来なくて足手まといだもん。怪我ばっかするし。せめて、二人が怪我をしたとき傷を治してあげられるようにりたいの…もしも私も魔力があって見込みありそうなら使えるようになりたいなーって」
眉を下げるにリュカは微笑むと、片手を彼女の額に翳して意識を集中させる。
「…まだ少し弱いけど、から魔力を感じるよ。もしかしたら魔法を使えるようになれるかもしれない」
「本当?じゃあお願いしますっ!」
嬉しそうに手を握ってきたにリュカはほんのりと頬を赤く染めた。
嬉しくてはしゃぐにリュカは彼女の口元に人差し指を立て、静かにとジェスチャーで伝えると真剣な表情になる。
「…俺もヘンリーも必ず此処から脱出する。その時はも一緒に行こう」
連れてこられたばかりの頃から、何度もにリュカが言う台詞。
逆境にも負けずに生き延びて教えてもらったリュカの父親の意志を引き継ぎ母親を探すという目的のためにもこの世界のためにも、彼等は生き延びて此処から脱出しなければならない。
それが自分が元居た世界に戻れる道だと直感していた。
その思いがの生きる支えとなり、気が付けば奴隷生活は1年が経過していた。
…To be continued.