05

『神殿が完成したら、口封じのために奴隷たちは皆殺しにされる』

悲痛な顔をして彼はそう言った。

彼は自分の身よりも奴隷にされてしまった妹の身を案じ、妹と自分達を逃がすことを決断したという。
…奴隷を逃がすだなんて上に知られれば、きっと彼の命は危険にさらされることになるのに。

『妹を頼む』

『でも、そんなことをしたら貴方が…』

『俺のことはいい! それよりも、マリアを…俺の妹を、頼む…!』

それは妹を思う、彼の、ヨシュアの願いだった。







「う……」

最初に感じたのは、奴隷として暮らしていた部屋の独特の臭いでは無いきちんと洗濯された清潔なシーツの香り。

助かったんだ… そう思うと同時にの閉じたままの瞳から涙が一筋零れ落ちた。

油の切れた機械みたいに軋む体はギシギシと鈍く痛む。
ゆっくりと体を起こすと、額に乗せてあった布が布団の上に落ちた。
周囲を見渡して今の状況を確認する。

暖かい光が差し込む室内。
ベッドにサイドテーブルにちょこんと置かれた椅子。
こじんまりした質素ともいえる室内だが、今までの環境が劣悪な環境だったためは自分が寝るには贅沢すぎる部屋だと感じた。
きっと此処は修道院か何かだろう。
一人で寝ていたということは他のみんなはもう目覚めたのか。

ぼんやり室内を眺めていると、かちゃり、と音をたててドアが開いた。

「あら?お目覚めになりましたか?」


「あ……」


返事をしようとしたのだが、咽喉がカラカラに渇いているやらで上手く声が出せない。
女性は直ぐに察すると、枕元のテーブルに置いてあった水差しからグラスにたっぷりと水を入れて渡してくれた。
お辞儀してから、少しずつ水を咽喉に流し込む。

美味しかった。
奴隷時代では考えられないくらい、久々に綺麗な水を飲んだ気がした。

「ふー…ありがとうございます。あの、此処はどこなんですか?私は…いったいどうして…」

女性、服装からしてシスターだろう、は微笑みながら質問に答える。

「此処はオラクルベリーの南にある、海辺の修道院でございます。貴女と、他に3名様が浜辺に流れ着いたタルの中から出ていらっしゃいましたの。まさかタルの中から人が出てくるとは、本当に驚きましたわ」

「そうだ、みんなっ!?」

勢い良く言ったため少しむせてしまった。シスターは優しくの背中を撫でて微笑む。

「大丈夫。皆様はもうお目覚めですわ」

「よかった…」

みんな無事に脱出できたー…の口元から安堵の笑みが漏れた。






二階の窓から外を眺める彼の姿は奴隷時代の時以上に男らしくて、声をかけるのを戸惑ってしまった。


「リュカ」

「…?」

振り向いたリュカは目の前に立つ彼女をまじまじと見てしまった。

不衛生だった身体が嘘のようにすっきり小奇麗にされ、ボロボロの布切れ状態だった服は見習いシスター用のグレーのワンピース。
ボサボサだった長い髪は彼女が動く度にさらりと揺れる。
今更ながら気が付いたのだが、彼女の髪は茶色だった。
窓から差し込む太陽の光に金に近い色合いにも見える。
(後に自身も、以前に比べて髪や瞳の色素が薄くなったと言っていた)

「リュカ?どうしたの?」

パチクリ、とアーモンド型の瞳を瞬かせて不思議そうにしているにリュカは正直な感想を漏らした。

「すごく…可愛いな、って思ってさ」

「かっ可愛い!?」

突然の発言には耳まで真っ赤になってしまった。
彼は何を言っているのか。
清潔な格好をしたリュカはアイドルみたいで本当にかっこいいのに。
彼女の様子にリュカはにっこりと微笑むと、未だに動揺しているの手を取る。


「ほら、こっちにおいでよ。マリアさんの洗礼の儀式が見られるよ」


手を引かれやってきたのは、吹き抜けになっていて一階の様子が見える場所だった。


リュカが言っていた洗礼の儀式のとは、マリアが修道女になる儀式のことだったらしい。
ステンドグラスを通して降り注ぐ、眩しい程の光の中で跪いている彼女。
さらさらと彼女のブロンドの髪が揺れ、キラキラと光を弾く光景は見とれるくらい“綺麗”だった。


「……綺麗だね」

「ああ…ほら、ヘンリーもあそこで見とれているよ」

「あ、本当だ」

自分達と反対側の手すりに寄りかかって下の様子を見ているヘンリーの表情は、どこか切なそうな、寂しそうに見えた。
確か彼はマリアのことを気にしていたんだっけ。
マリアがこの儀式を受けるという意味は…彼女とこれから一緒にいられないということだから。







…To be continued.