その夜は満月だった。
闇夜の空間に妙に赤い月が爛々と輝き、一人で濡れ縁に出て月見酒を愉しんでいた、筈だ。
「う……」
目覚めなければ、頭ではそう思ったのだが、やけに瞼が重く感じられて時間を要してしまった。
まだ開ききらない瞼のおかげで、はっきりしない視力に舌うつと青年は両手を動かしてみる。
最初に感じたのは滑らかな布の感触、そして長らく暮らしている自分の部屋とは異なる柑橘系の香り。
身体は瞼と同様に重く、間接部位が鈍く痛む。
ゆっくりと身体を起こすと、額に乗せてあった布がぱさりと布団の上に落ちた。
周囲を見渡して今の状況を確認する。
暖かい光が柔らかく差し込む室内。
寝かされていたのは、畳の上に敷かれた布団。
布団の横に頭に乗せられていた手拭いを冷やすための水が入った桶が置かれていた。
部屋の隅に置かれた椅子。
壁の欄間には自分が纏っていた上掛けが掛けられている。
こじんまりした質素ともいえる室内だが、掃除の行き届いた部屋だと感じた。
ぼんやり室内を眺めていると、からり、と音をたてて襖が開いた。
「っ、あ…目が覚めました?」
数分前に室内を覗いた時は規則正しい寝息が聞こえていたから、まだ寝ているだろうと思って襖を開けたは青年が予想に反して起きていたのに驚くが、努めて平静を装って彼に声をかけた。
「おい…」
瞼を開いた青年はやはりとても綺麗な顔立ちをしていて、鋭い光を放つ赤い瞳と彼から発せられた低音の声に気を取られてしまった。と、急に世界が暗転する。
そして、視界いっぱいに広がる金糸と赤い色。
「…ぅん?えっ?きゃあ!?」
一瞬のうちに天井が見えて、青年の手によって布団に組み敷かれていることに気が付いた。
状況を理解すると、の顔は耳まで真っ赤に染まる。
一体、何故こんな事になっているのか。
意味が分からないまま混乱しかかっているの細い首に青年の手がかかる。
「お前は誰だ?何故、俺はこんな場所で寝ている?」
至近距離から見てもやっぱり青年は美人で、思わず息をのんだ。
しかし、見とれたのは一瞬だけ。
首にかかった青年の手に力がこもっていったのだ。
「え、私、は…」
必死に身体を動かして抵抗を試みるも、青年の手はびくともしない。
逆にぎりぎりと締め付けられる。
組み敷かれた反動と、抵抗していてずれた眼鏡のフレームの端から見えたものに、は凍りついた。
青年の金髪は白髪に、赤だと思っていた瞳は金色に染まり、彼の額には、角のような突起物が見えたのだ。
この姿は、まさしく、“鬼!?”
「っ、きゃああああ!!」
先ほどまでと打って変わり、手足を激しく動かして抵抗するに首を締め付ける青年の手が緩む。
「ちっ、おとなしくしろ」
青年がパニックになるをさらに抑え込もうと手を伸ばした時、
「止めなさい」
涼やかな声が室内に響いた。