幼いころに両親を亡くした私は、唯一の親戚である叔母に引き取られた。
仕事で忙しい叔母は留守がちだったが「さみしい」なんて言わないように、迷惑をかけないように、幼いながらも一人で何でもやるようにしていた。
世の中には一人は気楽だという人もいるが、朝起きてから「おはよう」と言えること、一人きりで朝食を食べるより誰かに「いただきます」って言ってから食べるのもいいな。なんてことを、はこの一週間思っていた。
「おはようございます」
「ああ…」
開ききらない眼を擦りながら、一週間前からこの家に居候している青年はダイニングの椅子に腰掛ける。
パジャマ代わりのスウェットを着て、淡い栗色の髪に寝癖がついているのが笑えたが、それは秘密。
「風間さん、挨拶は基本中の基本です。挨拶されたら“おはよう”ってしっかり返してくださいよ」
「お前は朝から元気だな…」
呆れたような彼の視線もぶっきらぼうな口調ももう慣れたもの。
寝ぼけ眼な彼の正体は人では無く“鬼”らしい。鬼と言っても、髪と瞳の色と額に変なものが生えている以外は基本的に普通の人と変わらない。
額の変なものは眼鏡をかけていれば見えないし、多少偉そうな態度をとるけど基本的に彼は美形な優しい男の人、だと思う。
「いただきます」
「…いただきます」
「ご飯を食べる時はいただきますって言ってから!」と散々言ったおかげで、風間はと同じ様に手を合わせてから食べ始める。
明治維新あたりの時代からタイムスリップしてきた鬼なのに、もくもくと普通にご飯を食べるし、あ、CMになった途端、違和感の無い動作でリモコン使ってテレビのチャンネル変えてる。
彼は思った以上に順応性はあるらしい。
と言うか、この時代には鬼なんていないし(月子曰わく、鬼の血を引く者がいても血が薄まってしまって人と変わらないらしい)元居た場所に戻れるかはわからないし、諦め半分なのかな。
視線に気がついた風間が怪訝そうに目を細めた。
「さっきから何だ?」
「風間さんの観察」
素直にそう言えば、風間は焼き魚をつつく箸を止めて嫌そうに眉を寄せる。
「…朝から疲れる事を言うな」
「別に見ていてもいいじゃないですか。減るものじゃないんだし」
ケラケラ笑うに、風間は大きな溜め息を吐くと閉口してしまった。
「お昼は作っておきましたから、レンジで温めて食べてくださいね」
食器を洗い終えたが身仕度を整えて声をかけると、珍しく背を向けてニュース番組を観ていた風間が振り向いた。
「今日も大学とやらに出かけるのか?」
「うん。今日は夕方まで授業があるし夜はバイトもあるから帰りが遅くなると思います。だから、後のことは戸崎さんにお願いしました。もう少ししたら来てくれるはずだから、困ったことがあったら戸崎さんに聞いてくださいね」
「ああ」
風間が頷いたのを確認すると、は慌ただしく作った弁当をバックに入れて玄関に向かう。
「じゃあ、行ってきまーす」
「…行ってらっしゃい」
リビングに居る風間には見えないだろうが、はブンブン手を振ると扉を閉めた。