2.あれ? わたし悪くないよね?A

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「遅刻しちゃう!」と叫びながらバタバタと走って行く足音が聞こえなくなると、風間は読んでいた新聞をソファーに放り投げる。


「行ってきます、か。まったくもって変な女だな…」





“行ってきます”

“行ってらっしゃい”






今まで生きてきた中でこの台詞を言うなど考えられないし、こんな場面は自分をよく知る側近達が見たら腹を抱えて笑うだろう。…絶対に見せられない姿だ。
純血の鬼である自分が何て様だろうか。
リビングに一人残された風間は息を吐く。
という女は、最初こそは自分と距離を置いていたようだったが、今ではすっかり共に居ることに慣れたらしい。
恋人や夫以外の男と同居しているのに、危機感が薄いというのは女としてどうかと思うが、自分に対して物怖じしないで接する女はそう多くないため少しばかり扱いに戸惑う。

飲み物を取りに、ソファーから立ち上がるとキッチンへと向かう。
開けた冷蔵庫には、が先程風間用に作ったオムライスが入っていた。

大学に通うは毎朝慌ただしく家を出て行く。
毎朝、こんなものを作っているから間に合わなくなるのだと思うのだが、彼女はせっせと自分用の食事を用意する。


「居なければ居ないで、静かなものだな」

防音仕様の壁は外の音を遮断するため、テレビを消すと室内に響くのは時計の針が刻む音のみ。
家主である月子は滅多に帰って来ないため、が居ないとこの空間に居るのは風間一人。
…とても静かに感じる。

定位置となっているソファーに戻る途中、リビングに隣接している和室に下着が干してあるのが見えて、風間は眉をひそめた。


「あいつ…一応、女だろ」

という女は人間にしては目が良いために異質なものが見えるらしい。
そのため神経が図太いというか、無頓着というか…否、自分に対して媚びる女よりかはマシか。

ふと、脳裏に蘇ったのは純血の鬼でありながら江戸の地で人として生きることを選んだ愚かな娘の顔。
彼の娘とは似ても似つかないはずなのに。
彼女は目が良いとはいえ女鬼とは違うただの人間の女。

変わった女だが、風間には不快には思えなかった。







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