テニスコートから聞こえるのは楽しそうな声と、ボールが跳ねる音。
十数名の女子学生がラケットを片手に白球もとい黄色の球を追う。
卒業するために体育は必須教科だとはいえ、寒い時期に屋外で行うテニスを選ぶなんて思いっきり選択ミスをしたよな、とは後悔していた。
「寒いし、背中がゾクゾクする。風邪ひいたかな…」
なんて呟いてみたが、これは気温が低いためだけじゃない気がする。
ここ数日は鬼だという風間が側にいるせいか、前以上にシックスセンスが鋭くなっていたから。
先程から背中に寒気というか痛みを感じてテニスに集中できない。
振り返っちゃいけない。嫌な予感がするから、こういう場合は無視するに限る。
「っ!」
刃物のような鋭い視線を感じ、ゾワリと首筋に鳥肌が立つ。
反射的に振り向いてしまった。見えたのは、この大学の学生達の憩いの場であるエントランス。
「うそ、でしょ…?」
思わず自分の目を疑った。
悲鳴を上げなかっただけでも自分を誉めてやりたい。
「!!」
「えっ!?」
悲鳴に近いペアを組んでいる友人の声で、ようやく我に返ったの視界が捉えたのは黄色。
次に感じたのは脳を揺さぶる衝撃。
ガシャン!
「うっきゃあ!!」
臀部と両手の平が痛いことから、ボールが顔面を直撃した勢いで尻餅をついたことに気が付いた。
頭と鼻が鈍く痛む、霞む眼で眼鏡も吹っ飛んでしまったことを確認する。
「大丈夫?直ぐに保健室行って冷やそう」
「う、ん…」
駆け寄って来た友人に支えられながら、はテニスコートを後にした。
* * * *
もう痛いやら恥ずかしいやらでの口からは溜め息しか出ない。
急いで保健室へ向かい、応急処置をしてもらった。
幸いなことに鼻筋の軽い打撲と擦りむいた程度で済んだ。
テニスボールの直撃を受け、吹っ飛んだ眼鏡はフレームが歪み、レンズにはヒビが入ってしまっていた。
「、危ないから眼鏡は外していたら?」
「ううん、大丈夫だよ」
隣を歩く友人は心配して言ってくれたのだろう笑顔で断る。
心配してくれているの断るのは申し訳ないが、視たくなかったから。
心配してくれる友人の背中に、般若の形相をして長い髪を乱した若い女が張り付いているなんて。
「眼鏡が無いとよく見えないからね…」
「は眼鏡無い方がいいって。この機会にコンタクトに変えなよ」
「うーん、コンタクトって眼に合わないんだよー」
壊れた眼鏡をかけていても怖くて友人を真っ直ぐ見られない。
確か、以前彼女は「高校時代、妻帯者と不倫してしまい泥沼を経験した」って言っていた。
だとしたらこの女性は怨みの塊、生き霊…
親しい友人だとしても、この真実は伝えられるわけない。
パワフルな彼女のことだから生き霊もはねのけてしまうだろう。きっと。
それに、今のにはもっと気が重い事があった。