ゆらゆらゆらゆら、目の前が揺れる。
淡い霧がかかり、全身の感覚はやけに鈍い。まるで船の上に居るような浮遊感で。
(…?)
遠くで誰かが名前を呼んでいる気がしたけれど、身体がだるくて動けそうもない。
低音の、耳に心地良く響く男の人の声は、知らない人のはずなのにひどく懐かしくて少しだけ切ない気分になった。
「ちょっと〜大丈夫?ヘロヘロじゃない。もぉ〜ケン君飲ませ過ぎだって!」
二次会の会場であるカラオケへ移動しようとした時、今回の飲みには乗り気じゃなかったはずのが、酔いが回り過ぎて居酒屋の軒先でうずくまっていたことに気が付いた。
「お〜い、聞こえてるぅ?」
肩を揺すってみるもののの反応は鈍い。
困り果てた表情を浮かべる彼女の内心は酔いつぶれた友人への心配が半分、残りは飲み会で親しくなった男の子と二次会に行きたいのにの世話をしなければならないのかと困っている、といったところだろう。
飲み会には自分が無理に誘ったのだから放っておく訳にもいかない。
「飲ませ過ぎた責任をとって俺が送って行くよ」
の横に座って飲んでいたケンと呼ばれた金髪の青年がそう言えば、一気に彼女の表情が明るくなる。
「えっいいの?」
頷けば彼女はこれ幸いと、を押し付けて目当ての男性の元へと走り寄って行った。
「ケンー送り狼になるなよ」
「頑張れよ〜」
いい感じにほろ酔い気分になっていた友人達が口々に二人を茶化す。
「まさか、そんな事するかよ」
繁華街へと向かう彼等に軽く手を振ると、ケンはに肩を貸して立たせる。
朦朧としているの腰に手を回して歩けば、酔った彼女を支えて歩く彼氏、といった風にしか見えない。
友人達の後ろ姿が完全に視界から消えたのを確認すると、ジーンズの後ろポケットから携帯電話を取り出し、目当ての人物に電話をかける。
「俺だけど。うまく行った。後は予定通りに…」
話しながら口元に浮かぶのは、つい先程まで浮かべていた人懐っこい笑みとは程遠い冷たい笑みだった。
* * * *
電球が切れかけて点滅を繰り返す街灯がかろうじて照らす薄暗い路地裏の公園。
人通りもほとんど無い此処ならと、待ち合わせ場所にしたのだから誰かに見られはしない筈だがなかなか此処へ来ない相手に段々と苛立ちが募ってくる。
気持ちを落ち着かせるために、煙草をふかしながらケンは何度も携帯電話のサブディスプレイを確認していた。
“良い人”を演じるために飲み会では喫煙を我慢していた分、いつも以上に吸ってしまう。
暗がりの中からようやく待ち人の姿が現れると、口にくわえていた煙草を投げ捨てた。
「おせーぞ」
金髪を後ろに撫でつけて黒の革ジャンを羽織った背の高い青年が、片手を上げて「悪い」と答える。
彼と一緒に来た、もう一人の黒髪の作業着の青年がベンチに横にさせられているを指差す。
「ユリが言ってた女ってコイツ?」
「ああ。って名前も一緒だったし」
「ああそっか、って名前だっけか?アイツ、こんな女に恥をかかされたのかよ。笑える」
そうとう派手な女かと思っていたら、想像した女と眠るがあまりにも違うため、作業着の男が苦笑いする。
「痛めつけた写真を送ればアイツ等の機嫌も直るんだろ?だったら早くやっちまおうぜ」
革ジャンの男は、面倒くさそうにポケットから携帯電話を取り出すが、ケンは困ったような笑みを浮かべた。
「OK、って言いたいところだけどさ、よく見たらコイツ可愛いいから何か勿体無くなってさ」
ケンの言葉に、男達は無遠慮にの顔を覗き込む。
確かに、よくよく見てみれば整った顔をしている。
付け睫毛をしているような長い睫毛が影を落とし、形の良い唇と微かに上気して赤く染まった頬がやけに艶めかしいく見えて、男はゴクリと唾を飲み込んだ。
「へぇー確かに…眼鏡を取ったらアララってやつか」
「…確かに勿体ないな。とりあえず連れて行こうぜ」
耳元で話されても、起きることのないの身体を作業服の男は抱き起こすとそのまま運ぶために肩を抱えた。